島の端っこって何か隠されてそう⑦
そうだ。ディアセレナとは、相棒たる銀白の少女と初めて出会った時に告げられた、彼女本来の名前。
俺はその場でディアナという愛称を考案し、それを受け入れてくれたディアナは、以来、初対面の人に名乗るときもディアナの名を用いている。
アイリスに対してもそれは同様で、俺が人前でディアナのことを、ディアセレナと呼んだことは一度も無い。
ディアナと生命回路を繋ぎ、自身で心技を放ったこともあるアイリスが、『ディアセレナ』という単語が彼女の本名だと知らないのは当然だ。ディアナの本名を聞いた場にいたのは、俺一人しかいないのだから。
――ならば、どうしてサンファは、ディアナの本名を知っている?
「ディア――」
ようやくその違和感に思い至った俺が、相棒に向かって振り返ろうとした時だった。
「じゃあ……やりなさい。『 ディアセレナ 』」
サンファが告げたその言葉と同時。俺の背中に、小さな体が押し寄せられた。
それと共に、胸を刺し貫く冷たい感触。
アイリスが驚愕に目を見開く。
視界の隅でサンファが口角を吊り上げる。
俺の胸から飛び出していたのは、見覚えのある夜色の刃。
それは相棒の、ディアナの魔装形態である夜剣の刀身。
その漆黒に濡れた刃を見つめた後、放心状態のまま背中を見る。
そこにいたのは、三週間、常に傍らにあった、銀白の髪と狐耳。
俺の背に夜色の短剣を深々と突き刺す、ディアナの姿だった。
雷に打たれたかのように、身体が痺れて動かない。目の前に広がる光景を脳が理解できない。
そのせいなのか、完全に貫通しているはずの胸が、全く痛みを感じていない。
アイリスも、何が起こっているのかを理解するのに精一杯な様子で、ただ言葉を失っている。
そして、ディアナもまた、無言だった。
……そんな中、唯一悠然と立ち上がった魔術師だけが、更に言葉を紡ぐ。
「――素因排奪ッ!!」
サンファの式句に呼応し、ディアナの全身が黒と赤を強引に混ぜ合わせたような、邪悪な光を放った。
奈落や地獄を彷彿とさせる邪光を明滅させる少女が、俺の身体から心素を強引に奪い去っていくのが分かる。穿たれた胸の孔から漏れ出すように、そこに繋がる夜剣で吸い上げるかのように。
怒涛の勢いで引き出される心素が、瞬く間に減少していく。
「な、にを……止め、なさいよっ!」
ようやく情報の処理を終えたらしいアイリスが、ディアナを俺から引きはがしにかかった。




