魔晶個体には魔剣少女⑥
ディアセレナが指に噛みついたのだ。
ほんの数滴足らずだろう流れ出した血を、舌で絡めとり、細い喉でこくんと飲み下す。
そうしてようやく彼女は俺の右手を解放した。
「生命回路接続……心双響鳴に成功しました。今この時をもちまして、貴方様と私の正式な主従契約が完了いたしました。以後、何なりとお申し付けくださいませ」
再び腰を折って傅く少女。
今更ながら、年下の女の子にお辞儀させてるとか随分人目をはばかる光景な気がする……
「って、そんなことはどうでもいいっての……あー、ディアセレナ、さん? 次からこういうことはあらかじめ断ってからにして。頼むから」
そもそも次がないことを祈るばかりだけど。
「承知致しました」、としれっと答え、姿勢を正すディアセレナ。何なのコイツ。あんなことしといて顔色一つ変えないんですけど。
異世界の女の子ってそうなのかな。いやまあ、地球の女子のこともろくに知らないけど。
そんな様々な意味で俺には未知の存在である少女は、尚も淡々と話しかけてくる。
「ところで、マスター。僭越ながら一つお願いがございます」
この流れで要求とか、マジ鋼の精神だね。どこかの小僧と違って、急に異世界に召喚されても一切動じず対応できそうだね……もちろん、考えるだけで口には出さないが、俺はそんな失礼なことを考えていた。
一応、聞くだけ聞こうか。
「……なにさ」
「私を敬称で呼ぶのはお止めになってください。貴方様は今や私の主人であらせられるのですから」
「あ、そう? ならディアナって呼ぶからよろしく」
「は……ディアナ、でございますか」
「え、嫌だった?」
俺の返答に、どこかぽかんとした表情を見せるディアナ。
さっき考えていたのは現実逃避の一環で本気ではなかったのだが、本人から許可が出たのだし良いか――と思ったんだけど。
「まあ、愛称みたいなもんだと思って。どうしても嫌なら、やめるけど」
「いえ……いいえ! 嫌なわけでは、ありません……」
え、何そのリアクション。陰のある表情で手を胸に抱いて、ちょっと声張っちゃってさ。
……なんか地雷踏みそうな予感がする。向こうの漫画とかアニメでよくある展開だ。
過去のトラウマを刺激するような対応だったとかか?
これ以上刺激する前に撤回しよう。元のディアセレナ呼びで合意を取ろう。
そう思って開きかけた俺の口は――控えめながらも笑みを湛える彼女の表情に押しとどめられた。
「ありがとうございます、マスター。賜りました名前、とても、とても嬉しく思います」
「あ……はい」
唐突に受けた感謝の言葉に、思わず頬をかいてしまった。
トラウマフラグではなかった、のかな。




