生け簀に刺し込まれる銛の気分⑧
群れを率いていた頭目を吹っ飛ばしたからだろうか。虚突曜進で切り裂き弱まっていた嵐が殊更に勢力を減じた。
残された雲鯨たちが、彼方へ消えた元魔晶個体を追って、弱々しい風雨を纏ってマリーネ上空の空域を脱し始める。
「ふぅー……」
視界に存在する魚影の全てが尾を見せたことでようやく、俺は胸を撫で下ろした。
警戒心を緩め、眼下に展開される金色の魔法陣に柔らかく降り立つ。
『ふんっ。おとといきやがれ、です!』
おお、よく知ってんねそんな言葉……響心魔装らの教わるという地球の一般知識扱いなんだろうか。
眉尻を上げ、フンス顔をしているディアナを空目する。
……そう、彼女は憤っていたのだ。素晴らしい光景を、声援を返してくれた人たちを襲う理不尽へと。それも、普段は冷静沈着なディアナが珍しく声を荒げ、自分から主である俺へと声をかけ、積極的に解決に乗り出すほどに、だ。
ステージで俺が呼びかける前。きっとディアナは、限界寸前だった結界を前に、自分に出来ることを必死に考えたのだと思う。
不安や緊張はあったが、自分の歌と舞で、人々に笑顔と活力を与えることが出来た。
それと同じように、何か出来ることはないか。自分にも返せるものは無いかと。
そんな相棒の懸命な心が、俺のイメージを依代に形になったんだ。
今日のライブが、ディアナにそれほどの気持ちを抱かせたんだ。
……気付けば、足元から盛大な歓声が湧き上がっているのが聞こえる。
光の粒になって消え行く結界から、魔法陣へと着地しながらゆっくりと地上へ降りていく。
ライブ会場に近付くにつれ、声援はそこに集う人々から、俺たちへ向けられているのだということが分かった。
一度は全てを受け入れ、滅びを確信した彼らにとって、窮地を脱したこの時の喜びは一入だろう。その光景と歓声が徐々に大きくなり、相棒の心境が暖かなものに満たされるのが伝わってくる。
「やったな、ディアナ」
『はいっ。マスターと、アイリス様のおかげです』
頬を綻ばせ、破顔する少女の姿が目に浮かぶようだ。
でーも、それはちょっと違うな!
「なーに言ってんですか。ディアナが頑張ったからだよ」
『えっ、そ、そ、そんなことはございません。勿体ないお言葉です』
俺の返答が思いもよらなかったのか、慌てふためき言葉が詰まるディアナ。
でもこれはお世辞じゃないぜ。今日のMVPは間違いなくディアナと、アイリスの二人だ。
アイリスがライブを提案しなければ、ディアナが雲鯨たちを撃退するべく行動していなければ、今のマリーネの姿は無かった。
だから、国民全員からの感謝の声を、遠慮なく貰っていいんだ。
「謙遜するなって。今日のこの声援は間違いなく……ディアナと、そしてアイリスに向けられたものだよ」
お疲れ様。
『……はいっ。ありがとうございます、マスター!』
俺からの労いと、会場から湧き上がるかつてない声援に包まれ……銀白の少女は、眩しい程の声音で応えたのだった。




