訓練されたファンのムーブをここに⑫
ひしめき合っている人波をかき分け、一人、会場の外へと出た。
客席に収まりきらなかった国民たちが、会場の外まで詰めかけていたことに驚きと嬉しさを感じながら、人影の失せた大通りで空を睨む。
晴れ渡る青空の彼方に、普通の雲とは明らかに異なる薄暗い一角が見える。
そしてそこに集う、濃厚な魔素。あれが雲鯨か。
雲鯨の現在地とマリーネとはまだ結構な距離があるが、彼方の魔素は目に見える速さで近付いてきている。
何分もしないうちにここまで到達するだろう。
そう判断した俺は、ライブ会場へと踵を返した。雲鯨らの巻き起こす嵐がいつ途切れてもいいように、ディアナと共に待機しておかなければいけない。
今度は客席側の出入り口ではなく、元居た関係者用の裏口に回る。
ステージの横から覗き見ると、ベイン氏が落ち着きのない国民たちへと、引き続き檄を飛ばしていた。
彼の熱の入った言葉にディアナとアイリスも加わって、より一層の後押しを持ってマリーネの人たちへと発破をかける。
「全員の魔素を結集させれば、あの魔晶個体と言えども、恐れる相手ではない!」
「で、でも、町中をボロボロにするくらいの大嵐だし……」「もし失敗したらと思うと……怖いわ」
先日の雲鯨たちの蹂躙はやはり、相当なトラウマをマリーネの人たちに植え付けているらしい。先ほどまで熱気に満ちた顔つきをしていた人々の顔が曇る。
しかし、そんな彼らの不安を、ステージ上の二人の少女が、今度は彼女たちの方が応援することで拭い去る。
「だいじょーぶっ☆ あんなにおっきな声援をくれたみんななら出来るよ!」
「そうかしら……」「いや、でもな」
「そうですっ。皆さんなら……皆さんの息を合わせれば、絶対に負けません!」
「……なんかさ」「ええ」「いけるような気がしてきた」
観客たちの零す後ろ向きな気持ちを、二人のアイドルが受け止め、笑顔と激励の言葉でデコって相手へ返す。
それが繰り返されるうちに、会場のざわめきが大きくなる。だけど、それが先ほどまでの恐怖や不安によるものではない、武者震いにも似た何かであることが、俺にも分かった。
二人の横でその様子を感じていたらしいベイン氏も、再び国民たちへ呼びかける。
「みんな、思い出してほしい。ほんの少し前まで、私たちは一つになっていた……彼女たちを応援するために」
それと同じなのだ、とベイン氏は続ける。
会場全体が静まり返り、彼の言葉に耳を傾けている。
「あのとき私たちの意思は一つだった。そのとき感じた思いを、胸に宿った熱を、もう一度だけ、思い返してくれないか」
私たちの国を護るために。
そう締めくくったベイン氏は、ステージの上で深々と頭を下げた。最初に俺たちと出会った時、雲鯨たちの撃退に助力を願ってきたときと同じように。




