訓練されたファンのムーブをここに⑪
後に残されたのはもう、ライブ参加者へ感謝の言葉を述べるだけだ。
俺やベイン氏、他の観客たちも、彼女たちが口にするであろうその言葉を静かに待つ。
まだ整わない呼吸のまま、会場へと伸ばしていた手を、アイリスがゆっくりと下ろす。
そしてディアナと目を合わせ、二人は穏やかに微笑んだ。
「……みんなっ☆」「今日は本当に――」
――ありがとうございました!
シンプルに告げられた締めの句に、俺たちは世界の果てまで届きそうな、盛大な歓声と拍手で応えた。
ステージ上で手を振る二人へと、惜しみない感謝と称賛の叫びが、止めどなく投げかけられる。
俺もまた、手が真っ赤になりながら全力で拍手を送る。
良かった……! 初ライブとは思えない素晴らしいステージだった!
マリーネに来る前に思い描いていた、ディアナとアイリスがユニットを組んでライブを演じる、という未来。まさかそれがこんなにもすぐに、見事な成功で訪れるとは思ってなかった。
でも今ここで、こうしてその姿を見ることが出来て良かった……
俺がそのことへの感慨深さに、人知れず目を潤ませていた時だった。
「べっ、ベイン様! 雲鯨が現れました!」
ステージの袖の方から、鎧姿の兵士が慌ただしい様子で駆け込んできた。
歓喜に湧き上がっていた会場の空気が、一瞬の緊張ののち、騒めきに染まり出す。
やはりマリーネの人たちの記憶に、先日の災害は色濃く残っているようだった。笑顔しかなかった観客たちの表情が、徐々に恐怖と混乱に変わっていく。
「とうとう来たか……ユーハ殿」
「……ええ。行きましょう」
ベイン氏が表情を引き締める。俺はその呼びかけに応じると、ステージ上の相棒へ向かって頷いた。
俺の意を受けたディアナが、アイリスと視線を交わし、再びマイクを取る。
「皆さん! 慌てることはありません!」
「そうそうっ☆ あんなクジラなんて、みんなの力を合わせれば何でもないよっ!」
会場の騒めきが薄れ、再び客席の全員がステージに注目する。
ベイン氏はステージと会場の間にある、鳩尾の高さほどの衝立を乗り越え、ディアナとアイリスの立つステージへと上がった。
「彼女たちの言う通りだ! 皆の力を、マリーネを守るために貸してほしい! 皆の魔素を結集させた複合魔法で、彼奴らの起こす嵐からこの国を守り切るのだ!」
マイクも持たずに、年齢を感じさせない大声でベイン氏が呼び掛ける。
俺はその隙にライブ会場の出口へと向かった。




