訓練されたファンのムーブをここに⑩
ステージ後方にいたアイリスが前へと出てくる。ディアナと並び立つと、再び二人はハイタッチを交わした。
「さて! 楽しいライブの時間も、残念なことに……次の曲で最後になりまーす☆」
アイリスのその言葉に対する観客の反応は、えええー!! と叫ぶ派と、そんな……! と息を呑む派の二種類に分かれていた。今日が初ライブ参戦だっていうのに、本当に随分と訓練された反応だよな。お約束ってやつを分かってる。
そんな彼らのリアクションに、嬉しくも申し訳なさそうな表情を作り、ディアナが続ける。
「名残惜しいですが……聞いて下さい。最後の曲は――」
ディアナとアイリスが告げた最終曲の名は、『スターエイル』。
ルナちゃんのサードシングルにして、過去の俺を救ってくれた曲だ。
二人の少女の歌声が、夜空の流星を目指す小鳥のストーリーを紡ぎ出す。
……今回のセットリストを作る際、どの曲を披露するかは、その選択肢の少なさからあっさりと決まったのだが、どの曲をどんな順番で演じるかについては、多少の議論で煮詰めたところがあった。
しかし、この最終曲だけは最初から満場一致だった。
ここで歌わずしていつ歌うのか! そう声高に叫んだアイリスに、俺とディアナは深い頷きを返したものだ。まあ、それから残り四曲について、あーだこーだと時間を取られることになったんだけど。
かつて、自分で自分を追い詰めていた俺を救ってくれたこの曲は、魔晶個体の回遊により疲弊したマリーネの人たちにも、きっと深く染み入る筈だ。
そう考えた俺の予想は、幸いながら間違ってなかったみたいだ。
最後の曲ということを差し引いても、今日一番の声援がステージに送られているという事実が、そのことを物語っていた。
サビに近付くにつれ、会場の熱気が際限無しに高まっていく。
そして、サビに入ったところで一気に爆発した。
もしかしたら、今ここにマリーネの国民全員が来ているのかもしれない。そう錯覚してしまうほどに盛大な歓声が湧き起こる。
そんな、押し潰されてしまいそうな声の怒涛にも、ステージの二人は一歩も退かずに歌い続けていた。
もう疲れもピークだろうに、浮かべる笑顔には微塵の曇りも見えない。かといって、手を抜いているような様子も全く無い。
最後まで全力で、全身全霊だ。
見ている俺たちにもそうだと伝わってくる気迫。それに負けないように、その気概を後押しするように、俺も限界以上に声を張り上げる。
……そして気付いたときには、会場は静まり返っていた。
スピーカーから流れ出る音声は止んでいる。しかしディアナとアイリスは、歌い終えた瞬間のポーズを取ったまま立ち尽くしていた。
客席へ向かって手を伸ばした構えのまま、ただ息を切らしている。




