訓練されたファンのムーブをここに⑧
「まだまだ行くよっ☆ 次は――」
「――私の番、です!」
アイリスがステージ後方に振り返ると同時、ディアナが入れ替わるように前へ出る。
すれ違い様にハイタッチを交わす二人。
「待ってました!」
「ディアナちゃーん!」
「アイリスー! 最高だったぜー!」
既に長年応援し続けたファンのごとき声が飛び交い、会場の興奮が更に高まる……これ、さっきよりずいぶん歓声増えてないか?
改めて背後を振り返ってみると、なんと客の人数が倍近くにまで増えていた。当初は百人いるかどうかってくらいだったのに……いやそれでも結構な数だけどね? 入口付近の慌ただしい様子を見るに、途中参加者は今も増え続けているみたいだ。
ガラ空きだったステージ間際のスペースに大人数が詰め寄ったことで、後方のスペースが空く。
そこにいつの間にか、新たな入場者が流れ込んでいるらしかった。
「これは、嬉しい誤算だな……!」
「ええ、本当に!」
ベイン氏もこの状況に気付いたらしく、会場後方の様子を見て、僅かに声を弾ませている。俺も少し声を張って答えた。
ほんの数十分前までハイライトの無い目つきだった住民たちが、今や全員、ステージ上の二人に夢中で目を輝かせているのだ。
しかも人数が当初の予定よりはるかに増えている。きっと、会場から響いてくる声に外の人たちも気になって、ここまで来てくれたんだ。
これで嬉しくない方がおかしい。なんとも喜ばしそうな彼の表情に、俺もつい頬が緩む。
「でも――まだまだクライマックスじゃないですよ!」
……そんな俺の言葉に応じるようにスピーカーから流れ始めるのは、四曲目のイントロ。アイリス作詞の曲を歌う、ディアナのソロだ。
ステージを盛り上げた、ポップでアップテンポな先の三曲とは趣を異にする、荘厳で深みのある旋律が会場に響き渡る。
ディアナのソロである四曲目は、恋する女性の気持ちをテーマにした歌だ。何故かタイトルはついておらず、無名だとアイリスは言う。
それはおそらくこの楽曲を歌う人間のイメージに、自身が思い浮かばなかったのだろう、と俺は推測する。静謐な美しさ、とでも言うのだろうか、物静かなのにそこに居るだけで強烈な存在感を放つような、アイドルとは真逆とも言える人間像。
遍く大地へ煌めきを降り注ぐ太陽のような、与える存在ではない。
何気なく空を見上げた時に静かに佇んでいるような、寄り添う存在。
この曲調が似合うのは後者だ。
アイドルとしてのアイリスが前者の振る舞いを常としているなら、確かにイメージ外れと揶揄されるかもしれない。ギャップにグッとくるファン層もいると思うけどな。
そしてそれなら、そのイメージに寸分違わず合致するのは、ディアナを置いて他にいないだろう。




