訓練されたファンのムーブをここに③
「みんなー! はじめましてー☆」
「ほ、本日は、よろしくお願いします……!」
ステージに登場した二人が、マイク型の魔導機器を手にMCを始める。慣れた様子のアイリスが先導し、手探りながら懸命なディアナが続く形だ。
「……始まったか」
「ええ」
ディアナとアイリスを袖から見守る俺に、渋い声がかけられる。スタッフ役の兵士たちに指示を終えて戻ってきたベイン氏だ。国の行く末を憂う双眸が、ステージ上の少女二人に向けられる。
MCは事前の打合せ通り、魔晶個体により傷ついた国への遺憾の言葉から入り、「私たちの歌を聞いて元気になってください!」といった趣旨の言葉で締め、一曲目に入る。
一曲目は二人で歌う、ルナちゃんのファーストシングル。デビュー曲でもあるファーストシングルは、王道のアイドルソングになっている。
それ故に、ファンである観客へ呼びかけたり、出会えたことに感謝するような歌詞が多く、アイドルのファンであれば声援を送らずにはいられない。いや、ファンでなくとも心を揺さぶられるに違いない。
そんな曲なのだが――
「……みんな、ありがとーっ☆」
「ありがとう、ございます!」
一曲目を歌い終えた二人が感謝の言葉を述べる。
それに対する観客陣の反応は、まばらな拍手だけだった。
「ふむ……反応が芳しくないな」
いい歌だったが、とベイン氏が顎を撫でる。
確かに、ディアナ達二人のことを知らないにしても、嫌にリアクションが薄い。
本当ならもっとこう、曲が終わったらうおおおおお! とか、わあああああ! みたいな歓声が沸き起こってもおかしくないのに。
国民たちは客席の簡素な木の椅子に腰かけ、ステージに無機質な視線を向けているだけだ。入場時に配布してある筈の『あのグッズ』も誰も持っていない。
拍手はしてくれたものの、まるで映画館で映画を見ているような……
「……! そうか」
そこまで考えた俺は事情を察した。
そうだ。彼らは『アイドルのライブの楽しみ方』を知らないのだ。
エーテルリンクにはアイドルというものがそもそも存在しなかった。歌や劇といった概念はあるようだが、それらにおける観客は演者の舞台を静かに眺めるものだ。地球のアイドルや、バンドのライブでのように、演奏中に参戦者が声援を送ったりして、ある種の一体感のある空間を作り上げることは無い。
彼らはこの見方が正しいと考え、その通りにしているだけなのだ。
今にして思えば、ベロニカでのアイリスのライブに観客がいなかったのも、触れたことのない舞台の形式に戸惑っていた部分があったのかもしれない。




