訓練されたファンのムーブをここに①
そして、あっという間にライブ当日が来た。
開演まであと十分。舞台袖の俺が覗く先には、会場の六割ほどを埋める客席がある。
満員ではないし、やって来た観客も皆死んだ魚のような目をした人ばかりだが……それでも、このライブに興味を持って来てくれたのだ。目まぐるしく過ぎ去った数日間を思い返す。
三日間という僅かな準備期間は、ディアナとアイリスのレッスン、マリーネ住民への告知、ステージの建設、グッズの作成、リハーサル……などなどのことをこなしているうちに、いつの間にか終わっていた。
本当に短い時間しかなかったが、それでもやれるだけの準備は出来たはずだ。
生唾と不安をまとめて飲み込み、呼吸を落ち着けて振り返る。
舞台袖の裏、すなわち出演者控えの空間には、ディアナとアイリスが待機していた。
二人とも普段の装いではなく、ギンガムチェックのミニスカ制服がモチーフのアイドル衣装に身を包んでいる。アイリスがデザインし、ベイン氏御用達の仕立て屋が仕上げたその衣装は、白を基調に、二人それぞれのイメージカラーで彩られている。ディアナの方が青。アイリスが黄色だ。
胸元と腰にはイメージカラーの大きなリボンが付いており、結い上げられた髪も同色のリボンが飾り上げている。アイリスは煌めく金髪をいつものサイドテールに。ディアナは銀の長髪を、後ろの低い位置で少し乱れたシニヨン風に纏めていた。
ディアナもアイリスも、雑踏の中でも人目を惹くほど整った容姿をしているが、衣装を身に着け、全身を彩る装飾品の数々が、その美しさをより一層引き立たせている。
幼い見た目ながらにそんな浮世離れした魅力を有する相棒だが……顔面蒼白、といった様相だった。
元より、透き通るような白い肌を持つディアナだが、誰が見ても明らかに緊張している様子で表情が強張っている。
「ディアナ。緊張してるのか?」
残り僅かな待ち時間、少しでも銀白の少女の緊張を和らげんと声をかける。ディアナは俺の方を向くと、どこか消極的とも取れるような表情で口を開いた。
「マスター……はい。緊張、しています。アイドルに憧れてはいましたが、まさかこんなに大きな舞台で、大勢の人前に立つ日が来るなんて……」
その言葉に、トレイユの王城で兵士たちの好奇の視線を避けようとしていたディアナのことを思い出す。あの時の彼女は、不躾な人々の目に対して、明らかに不快感を抱いていた。
ことここに至り「ディアナにはまだ早すぎたのではないか」そんな後悔がふっと胸に湧き上がる。




