異世界人ってみんな優秀なの?⑫
「バカね、アンタ」
「なにおう」
反射で言い返しはするものの、自分でも分かるほどに勢いの無い返答だった。
……アイリスはゲリラライブを単独で繰り返し実施しているから、慣れたもんなのかもしれないけどな。俺やディアナはド素人もいいとこなんだぞ。
ライブが成功するか、更には狙い通り、雲鯨たちを迎え打てるだけの気持ちをマリーネの人たちに抱かせることが出来るのか、不安にだってなる。
そんな文句を込めた俺の視線を、しかし金髪の自称アイドルは一蹴した。
「だーから、そこが違うってのよ」
「どこだよ?」
「アンタ、細かく考えすぎ。アタシたちのライブ見て、みんなに喜んでもらえるかなんて、そんなのアタシにだって分かんないわよ」
「……え。えええええ」
お前、そりゃあ無いんじゃないの!? もう今更失敗とか、企画倒れとか許されないんですけど!?
呆れた様子でそう告げたアイリスに、取り返しのつかないことを仕出かしてしまったのではないかと気が気でなくなる。
あわわわわ、と震えだす俺を見た金髪の少女は、「……まずはコイツからか」と呟いたかと思うと、
「痛ってぇ! 何にすんだ!」
俺の両頬をバチン! と音高く叩き、そのまま両手で包み込んだ。
アイリスの晴空のような蒼い瞳が、真っ直ぐに俺の眼を射抜く。
「ユーハ、思い出しなさいよ。アンタ、ルナの歌に救われた、って言ってたでしょ?」
「……言った、けど」
「その時って、めちゃめちゃしんどくて、心が沈んでた時だったでしょ?」
「……そう、だけど」
「効いたでしょ?」
「…………」
忘れてなんかない。
初めてルナちゃんの曲を聞いた時のこと。
学校では生徒にイジメられ、教師には無視され、家ではそれを悟られないよう取り繕う日々……自分で自分を追い詰めていた生活。
擦り潰されそうになった俺を赦してくれた。もっと好きなことをしていいんだと教えてくれた。
救ってくれた。
――その時胸に灯った気持ちと、三日後のライブの行く末を憂う気持ちとが、地続きで繋がる。
……なんだ、こんなに簡単なことだったのか。
俺自身が運営側に回っていたせいか、どうしてか、別々のことだとばかり思いこんでいた。
でも違ったんだ。この気持ちを、今のマリーネの人たちにも伝えたい。知ってほしい。楽しんでほしい。
それでいいんだ。
俺の雰囲気が変わったのが伝わったのか、アイリスがニッコリと笑みを浮かべる。
「分かった? まったく、アイドルから教えられてちゃ、トレーナー失格よねー」
「うるさいわ! ……でも、サンキューな、アイリス」
「ふふん。まあ、アタシってば? エーテルリンクで唯一にして至高のアイドルですから?」
「アーハイハイ、ソウデスネー」
「ちょっと何よそれ! 気持ちがこもってないわよ!」
またぞろ調子に乗り出したアイリスに、内心、コイツはほんとにアイドルの素質があるかもなあと思いつつも、言葉にはせず軽口で返す。
そんな俺たちに、横から控えめな声がかけられた。
「あ、あのーお二人とも。その……距離が、近すぎるのでは」
「え」「あ」
ディアナに言われて気付く。今の俺とアイリスは、相手の睫毛の数が数えられるほどに顔が近い。
指摘されて初めて自覚した様子の自称アイドルに思いっきり頬を引っぱたかれる音が、夕焼けに染まる中庭にこだました。




