いよいよチケット販売会社以外に止められない①
ゆっくりと開いた目に映ったのは、石造りの天井だった。
脳が正常稼働するまでぼんやりと見上げ続けた天井は、夕闇の薄暗さに染め上げられている。
窓の外に見える空には、見慣れた夜天が広がっていた。
惰性と言うか習慣で外の天気を確認してからようやく、自分が迷宮を脱出して、早々に気を失ってしまったことを思い出す。
それまで横たわっていたのは、昨日女王からあてがわれた一室の、ベッドの上だった。
ベロニカでもそうだったが、王城内の部屋というだけあって、客間でさえも一級品の家具が設えてある。そのレベルの寝具ともなると、それこそ時間を忘れそうなほどに寝心地が良い。
そんなベッドの上で身を起こすと、右腕が引っ張られて動かないことに気付く。
見ると、俺のシャツをきゅっと握り締めながら寝息をたてるディアナの姿があった。
背中を丸め、穏やかな顔で寝入っている。
愛らしい様子に思わず笑みを漏らし、ゆっくりとその頭を撫でた。どこか心地よさそうな表情になったような相棒の手をそっと開き、服の袖からシーツの上に寝かせる。
どうやら起こさずに済んだようだ。ディアナの寝ていない方に、音を立てないよう慎重に手をついて、ベッドから降りようとする。
左手が、むにゅ、という今まで感じたことのない弾力に包まれた。
「んむ」
それと同時に、違和感に声が漏れた、といった感じの声音が聞こえてくる。
むにゅ?
「え」
アイリスが寝ていた。
ディアナの寝ている反対側。俺の左隣で、金髪の少女が仰向けになって瞼を閉じている。
その顔は曇っており、なにやら外部からの刺激に耐えているかのような表情に見えた。
そんな彼女の胸――大きすぎず、形が良い――を、俺の左手が鷲掴んでいる。
一瞬の硬直ののち、事実を認識した俺の頭の中が真っ白になった。うわあああと叫びながら飛び跳ねそうになるのをひたすらに堪える。
そんなことをしたら、アイリスが目を覚まして怒りを大爆発させるのが目に見えている。事故なのに。
俺は左手をがっちりと硬直させた。そこだけ時間を止めたのではと思える程にだ。
僅かにも動いてしまえば、少女が目を覚ましかねない。その恐怖の可能性が、女王と単独で対峙した時以上に俺の神経を研ぎ澄ます。
手のひらが伝え続ける得も言われぬ柔らかさを意識の外に放り投げつつ、ナメクジが這うような速度でゆっっっくりと手を浮かせた。アイリスの表情が平穏を取り戻し、落ち着いた寝息をたて始める。
その緊張感を維持しつつ慎重にベッドを下りた俺は、傍の椅子にかかっていた上着をひったくると、声にならない叫び声をあげながら全力疾走で客間を後にしたのだった。




