金銀輝煌②
そうだとは分かっているけれど。でもやっぱり、無茶だ。
神位魔術師はエーテルリンクの人々の頂点に立つ存在。究極の魔術師であり、人でありながら、神に迫る高みに位置するもの。
トレイユの魔術師、サンファ様のように直接戦闘を得意としない方ももちろんいる。
しかしあの女王は、スプリングロードゥナは、完全に白兵戦をこそ己の領域としている。
いくらマスターであっても、一人であの場に残るなんて、無謀でしかない。
「アイツが魔眼持ちだからって、いくら何でも神位魔術師相手に一人で戦うなんて、無謀すぎるわ……! 今からでも戻った方が!」
私と同じことを考えていたのだろう。アイリス様が、その金髪を揺らして部屋を飛び出そうとする。
私は焦ってその手を引き留めた。
「だ、ダメですアイリス様! 私たちが戻ったところで、むしろマスターの邪魔になるだけです!」
「じゃあどうするって言うのよ! このままバカ正直に迷宮全部を駆けずり回って魔導機器を探すっての!? そんなことしてたら、アイツが」
「アイリス様っ!!」
私の口を突いて出たのは、自分でも驚くほどの大声だった。
そのことにハッとした表情になり、アイリス様がばつの悪そうな顔で視線を落とす。
「……ゴメン。冷静じゃなかったわ」
「……いいえ。お気持ちは、痛いほど、分かりますから」
「そうよね、ディアナだって心配よね。ずっと一緒だったんだし」
いつの間にか強く握り締めていたアイリス様の腕を放し、そのまま胸を押さえる。
そこには、ほんの少し前に、マスターから受け取った一枚の紙片が納まっていた。
白風瑠奈嬢の、ライブ参加チケット。
これも、貴方がいなければ、意味が無くなってしまうのに。
胸元をぎゅっと握る私の様子を見たアイリス様は、一瞬表情を柔らかくしたかと思うと、すぐに真剣な顔つきに戻った。
「でもどうしたらいいのかしら……魔導機器を探すのもダメ。かと言って、このまま広間に戻ってもダメ……あーもう! そういえば、何かと作戦みたいのを考えるのもユーハだったわね……」
言われてみれば、確かにそうだ。目尻に浮かんだ涙を拭い去り、私も思考する。
ベロニカの魔晶個体を攻略した時も、この迷宮の最下層へ到達する手法を考えたのも、マスターだった。
あの方の思い付きは、本当に大丈夫なのか危ぶまれる点もあったが、どれも理屈は通っていた。
そう、その場の事態に即した采配――
「――ひょっとして」
「? 何か思いついたの?」
私の頭の中で、先刻のマスターの一言が繰り返される。
――行くんだ、二人で!!!
隣の少女を見上げる。怪訝そうな顔で覗き込んでくる、アイドル志望の魔術師の少女を。
「アイリス様」
「何よ? えっ、ホントになに!?」
晴れ渡る青空のような双眸を見つめたまま、私はアイリス様の両手を取った。
ずずいっと顔を寄せる私に、アイリス様が逆に尻込みする。
「失礼します」
白く細い人差し指を摘まみ、口に含む。
「え、え? あ痛っ――」
歯を立てた皮膚から零れ出た、一筋の赤い液体を、そのまま飲み下した。




