神に位する魔術師⑧
生命回路。その単語を耳にしたことがあるのはたった一度。
トレイユの特異点山中の廃墟で、ディアナと出会ったあの時だけだ。
――生命回路接続……心双響鳴に成功しました。今この時をもちまして、貴方様と私の正式な主従契約が完了いたしました。
俺の指に歯を立て、切れた皮膚から流れた一滴の血を飲み下し、彼女はそう言った。
「生命回路は主と響心魔装とを繋ぐ形無き糸。心素に加え、互いの感情や体調さえ伝わるこの回路は、響心魔装が主の遺伝子情報を取り込むことで結ばれます。生命回路を紡ぐことで初めて、我々は真の主従の関係となる」
淡々とした調子で語るグゥイ。その声音は、昨日迷宮についての説明をしていた時と何も変わらない。ほんの数秒前まで、敵対していた間柄とは思えないほどだ。
「先ほどそれを断ち切る……いや、乱すと言った方が適切ですね。繋がりを乱す魔導機器を起動させました。今この迷宮内において、貴方たちは主と魔装の関係ではない」
「何を……! そんな筈ありません!」
顔面蒼白なディアナが、普段は冷静沈着な彼女には珍しく声を荒げる。鋭い視線でグゥイを睨みつけると、一瞬俺を見て、紅の双眸を閉じた。
数拍の沈黙が訪れるも、何も起こらない。
「そ、そんな……」
銀白の少女が、より一層悲壮の色が濃い声を漏らした。おそらく、再び夜剣か鎧のどちらかに変身しようとしたのだろう。
「無駄だ。今お前たちの生命回路は機能していない。魔装形態と転ずるのに必要な心素を用立てられない以上、変身も出来まいよ」
スプリングロードゥナがグゥイの言葉に続いた。その声に思わず身構えたが、黒髪の女王は見るからに警戒していないと分かる。
その理由は明らかだった。女王らが下した一手は、俺たちの攻め手を完封するものだったのだから。
どれだけスピードで翻弄しても、手数を増やして隙を狙っても、勝負を決める一撃が無ければ何の意味も無い。
直撃さえすれば唯一の決め手となったはずの、黒刺夢槍が、使えない。
「お前たちが随分な速度で最深層へと向かっていると聞いたときは、測定が間に合うか冷や冷やしたが……間に合ったようで何よりだ」




