召喚特典と世界間差異⑧
湖面に揺らめく魔素の膜。その更に奥底の、湖底に向けて目を細める。
陽の光も薄れゆくほど深い闇が見える。その闇に向かい、溶けるように落ちていく魔素を視界にとらえた。
間違いない。魔晶はこの湖の底にある!
水面の縁に近づき、片膝を付いて右手を水面に伸ばす。指先が触れた途端、僅かな波紋が湖に広がった。
水は予想通り冷たかったが、真冬のような身を刺すほどの温度ではない。
山中は日本の春を思わせる、肌に温かさを感じる気候だ。とはいえここは地上より高度があるので、火口湖の水はそれなりに冷たいだろうと覚悟していたが、杞憂だったらしい。
全身水に浸かるのだから、やっぱり服は脱いだ方がいいよな。
いくら身体能力が向上したとはいえ、服を着たまま泳ぐのは危険すぎる。溺れる可能性を考慮するなら、ある程度の寒さはこの際我慢だ。
槍を地面に突き刺し、上着であるブレザーのボタンを外した、その時だった。
湖面が唐突に大きな波紋を生み出した。
いや、正確には、湖面に大きな波紋が突如生まれた、と言うべきか。
円形の湖のほぼ中心に生まれた波紋は、音もなく湖全域に広まり、波を押し寄せてくる。
一瞬、その波打ちに目を奪われた。
ざばあ、と水しぶきが上がり、同時に俺の胸に嫌な予感が沸き上がる。
湖の中央に戻した視線の先には、湖底から押し上げられた水圧で膨らんだ水面。
表面の薄皮一枚下に、魔素の揺らぎなど気にも止まらないほどに存在感のある、巨大な何かの影が見える。
マズイ。ここから離れないと――
槍を再び握りしめ、俺がそう思ったのも束の間、影が姿を現した。
蛇を思わせる長くもしなやかな筋肉を纏った首筋。
そこだけで十メートルはあるように見える大きな胴体。
ある種の狐面にも見える形容をした頭部。
俺の持つ地球知識の中で一番近い生物は、首長竜、だろうか。
現代では絶滅されたと言われて久しい、太古の生物がそこにはいた。




