独白③
住居の壁を蹴り、路地の中空に渡されたロープや橋を避け、屋根の上へと躍り出る。
予想通り、というか当然だが、住居の上には人の姿は無く、視界が開けている。私でも移動に苦労せず済みそうだ。
しかし、この国ガランゾは階段状に広がる構造をしているため、今いる地点での見晴らしはいいが、もしこの周辺にアイリス様がいなければ、もっと移動しなければならないだろう。
ひとまず、眼下の通りから探そう。そう思い、真下の主要通りに視線を落とした時だった。
「――随分とのんびりしているのですね」
「っ!? 貴方は……」
背後から、気配もなく掛けられた声に、即座に振り向いて構える。
そこにいたのは、つい先刻、女王の執務室で会話した女性、グゥイ様だった。
先ほどと変わらず、きっちりとした執事服に身を包み、微塵も隙の無い佇まい。片目を隠す濃い紫色の髪に、眼鏡の奥の鋭い金色の瞳が、言いようのない緊張感を強要してくるようだ。
彼女の持つ言外の威圧と、予想外に声をかけられた状況にほんの少しだけ委縮しつつ、私は問いかけた。
「何か……御用でしたでしょうか」
「限定魔装形態……響心魔装として最低限のスキルは備わっているようですが、まだまだ未熟なようですね」
「……? 随分と、響心魔装についてお詳しいのですね」
グゥイ様の発言の意図がわからなかったが、その物言いから響心魔装への知識があることが窺えた。
以前訪れた召喚者の魔装を見たことがあるのだろうか。それだけにしては、もっと詳細なことを知っているような口ぶりだが……
グゥイ様は私の問いには答えず、その場で眼鏡の位置を直した。陽光に水晶が反射し、グゥイ様の表情が見えなくなる。
「率直に言います。マスターと別れ、ガランゾに仕えなさい。そうしなければ、きっと良くないことが起きるでしょう」
隠された表情のまま発されたその一言に、私は耳を疑った。
「……それは、貴方様方が我々の旅路を妨害する、といった趣旨のものですか?」
「いいえ。我々に召喚者の旅を妨げる意思はありません。魔晶回収は世界規模の責務なのですから……これはもっと、単純な話」
その次のグゥイ様の言葉に、今度は私は固まって動けなくなった。
――あなたは近い将来、自らの手で主を裏切るでしょう。
「……え。何を、言って」
「これは同族としての忠告です。己が主のためを思うなら……身を退きなさい、ディアナ」
その言葉を最後に、執事服の女性は音も無く姿を消した。
私が――マスターを、裏切る?
私は一人その場で立ち尽くし、グゥイ様の言葉を反響させていた。
眼下の祭りの喧騒だけが、耳の中で大音量になって広がっていった。




