音痴の直し方を俺に教えてくれ④
そんな俺の言い知れぬ不安を余所に、自称アイドルの魔法少女は、一人声高に気合を入れ直している。
「よぉーっし! なんかやる気出てきたわ! もういっちょ練習しよっと!」
そう言い、ローブの腕をまくり上げるや、再びアイリスは大きく息を吸い込んだ。
俺が気付いた時には既に遅く、ある意味何の混じりっ気もない、純粋なるアイリスの豪声が周囲に響き渡っていた。
ディアナによる天上の調から一転、天変地異とも形容できかねないアイリスの歌声が、木々を、川を、空気を蹂躙する。悲しいかな、やはり幾度となく聴いたアイリスの歌声そのものだ……音程とか声量とか、なんにも変わってない。
なーんでディアナの歌を綺麗に思う感覚はあるのに、自分の歌声になるとコレなんですかね!?
鋼の意志で耳を覆うことまではしないでいるが、やはり生音はキツい……ディアナも同様だが、耳を塞ぐまいと体に必死に力を入れているのが分かる。
ちょ、ダメだこれ。一回アイツ止めよう。そう考え、アイリスの肩を叩くべく一歩前に踏み出した時だった。
「やぁーっかましい!!! 誰だ、傾国魔法なんぞ使ってるのは!!!」
川の対岸の森の奥から、アイリスの歌をかき消すほどの大声が飛び出してきた。
あまりの大声に、流石の金髪の少女もピタッと歌うのを止め、声のした方向へ視線を向けた。軽く耳鳴りに陥ってしまった俺とディアナもアイリスに倣う。
木々の間から姿を現したのは、見る目にも憤慨した様子の一人の女性だった。
かなりの長身だ。隣に聳える木々と比較して、俺よりも上背があるように見える。地面に接しそうなほどの長い黒髪が風に揺れている。
ヘソの見える黒のチューブトップと、がっつりスリットの入った同色のロングスカートを身に着け、これまたロングのマントを首から左半身にかけて纏っている。薄着なのか厚着なのかよく分からない格好だ。
マントを纏っていない右半身には、長身の彼女をさらに上回る長さの槍を担いでいた。
どことなく黒曜石のナイフを思わせる印象の女性は、不機嫌そうな視線と槍とをアイリスにサッと向けて、憤りを露わにする。
「そこの小娘! お前だなぁ~? 無駄に高濃度な魔素を込めた超音波を垂れ流してたのは! 人が気持ちよーく昼寝してるのを邪魔してくれて!」
「は、はいぃっ! 申し訳ございませんっ!」
叱責されるや否や姿勢を正し、腰を九〇度に折って謝罪するアイリス。
なんだ、やけに素直だな……まあ、気持ちは分からんでもないけど。
というのが、この女性の持つ魔素量が、ちょっと異常なくらい多いのだ。
ディアナを五〇〇、アイリスを三〇〇〇と定義すると、女性の魔素量はなんと五〇〇〇〇ほどはある。
そりゃ悪態なんぞ衝いてられませんわ。冗談抜きで命に関わる。




