音痴の直し方を俺に教えてくれ②
アイリスの学習能力という点を見れば、これは予想通り相当高かった。
ベロニカ出立から今日に至るまでの数日間で、俺の知るルナちゃんの仕事の概要を全て完璧に理解してのけるほどだ。
握手会や写真集発売などについて、どんな場所でどのようなことが行われているのかを説明したわけだが、数回質問してきたかと思うと、俺の思い当たらないようなことにまで思いを巡らせていたりする。
動員数はどれくらいが見込めるのかとか、どのくらいの頻度で行うべきイベントなのか、というようなことにだ。
そういったところは、流石セルフプロデュースを努めてきたアイドル、と感心させられるところなのだが、こと歌唱についてだけ、てんでダメなのだ。
「えーもうわっかんないわねぇ……どこ? どこからダメ?」
どこっていうか全部なんだよなあ……
受けた指摘について改善すべく模索してくれるのは良いことなのだが、俺の語彙力では、もうどうやって説明したものかわからない。
息を吐いて肩を落とした俺は、金髪の少女の傍らに佇む相棒に顔を向けた。
「ディアナ先生。もう一回やってあげて」
「せ、先生と呼ぶのはお止めくださいマスター……それでは、僭越ながら」
すぅっ、と大きく息を吸い込み、ディアナが一人で歌い始める。
――途端、世界が息を吹き返した。
数刻前まで、アイドルの歌声とは思えない轟音にのたうちまわされた草木が、栄養たっぷりの水を与えられたかのように生命力を取り戻す。目に見えて艶めきだち、萎れているように傾いていた背筋を伸ばしている。
流れが滞っていたかに見えた川にも穏やかなせせらぎが戻り、その音もまた絶妙なアクセントとしてディアナの歌声に彩りを添えている。聞くだけで穏やかな心持ちになってくるようだ。
……初めて聞いた時から思っていたことではあるが、ディアナはとても魅力的な声の持ち主だ。
遠くまで響き渡るような厳かな透明感の中に、普段の凛とした佇まいを思わせる芯の強さがある。
日常会話でさえ耳心地の良い声質だ。
そんな彼女の歌声は、ルナちゃんのナンバーこそ至上と仰ぐ俺でさえも、手放しで称賛せずにはいられないほどに素晴らしい。
声だけじゃない。音程の取り方、声量、息継ぎのタイミング。歌唱力と一言で表すには難しい様々な要素の全てが、高水準で完成している。
「――ご清聴、感謝致します」
その一言が聞こえてからも、数拍の間俺は相棒の歌声の余韻に浸っていた。
ハッと気づいて、取り繕うかのように盛大な拍手を送る。




