一体見かけたら三十体はいると思え⑬
「……すっご」
その絶後の威力を見呆けていた俺とアイリスだったが、不意に漏らしたのだろうアイリスの呟きに、はっと我に返った。
「い、今のうちだ! 撤退ー!」
「あ、ちょ、だから待ちなさいってー!」
一気に身を翻して駆ける俺の背を、アイリスが追いかけてくる。
その場を立ち去る寸前に、今や身動きの取れない魔晶個体を背中越しに一瞥した。夜色の槍によりその場に縫い付けられたヒュージトレントの動きが、加速度的に鈍くなっている。
どてっぱらにブチ開けた穴から、奴が最後にかき集めた魔素が漏れ出しているせいだろう。
これでもう、奴に会うことはあるまい。……ないよね? これフラグになったりしないよね?
俺の勝手な不安は幸い的中することなく、五分ほどジャングルを走った俺たちは、見覚えのある魔法陣が刻まれた砂浜へと帰還することが出来た。
出発時と同様にアイリスが魔法陣へと魔素を込める。砂浜の魔法陣が金色の光を放ち始め、準備完了だと知らせてくる。
金色の輝きに足を踏み入れた俺は、再び森の方を見やった。捕食者の頂点を失った荒天島は、俺たちが訪れた時のように、静寂に包まれている。
あのトレントもきっと、あそこで新たな命の苗床となるだろう。何年、何十年先かはわからないが。
そんなことをぼんやりと考えていると、アイリスが催促の視線を向けていることに気付いた。
悪い悪い。なんだか感傷的になってしまっていた。
俺は手刀を切り、魔法陣に心素を送り込む。
その直後、魔法陣が溢す光が瞬きの如く一たび明滅し、金色の輝きが俺たちを包み込んだ。




