一体見かけたら三十体はいると思え⑪
……ヒュージトレントから魔晶をかっさらい、うじゃうじゃいた小型トレントたちの包囲を脱して、一時間弱。
足場の悪い森の中を可能な限り早足で進み、追手も無いようだと判断。ようやっと一息つけるかと速度を緩めた矢先だった。
件の魔晶個体が木々を薙ぎ倒して現れたのは。
「う、うっそだろぉ!?」
俺が驚きに目を丸くしたのもつかの間、ヒュージトレントの巨躯が、先ほどとは見違えた速さで俺たちに迫ってきた。伸ばした蔦と、その蔦の根元である、掌のようにも見える枝葉の部分が、掴みかかるようにして接近してくる。
迫りくる巨体に背を向け、俺とアイリスは全力疾走を始めた。
「叫んでるヒマあんなら足動かしなさい! 足!」
「動かしてんだろ――ああっぶねぇ!」
トレントの伸ばした蔦が、危うく俺の右腕をかすめた。形振り構わない様子の割に、夜剣状態のディアナにしっかりと狙いを定めている。
もう何なのあいつ! ずっと思ってたけど、部下で取り囲むとか煙幕で目潰しとか、そのくせ自分は遠くで見物するとか、やり方がねちっこくていやらしいんだよこいつさぁ!
正直、スタミナ配分なんて言ってられない。あの野郎、なんか足速くなってやがる!
少しでも速度を緩めると、捕まるどころか踏みつぶされそうになるほどのスピードだ。もう、エネルギー源である魔晶は回収したっていうのに!
ちらり、と隙間を縫って確認した魔晶個体の姿に、再度俺は大きく目を見開いてしまった。
俺の胴体ほどもある、二本の足のようなヒュージトレントの幹。そこに、今まさに飲み込まれつつある、いや、飲まれている最中の、夥しい数の小型トレントの姿があったからだ。
こいつ、吸収しやがったんだ……部下だったトレントたちを栄養分として!
悍ましい執念とも取れるヒュージトレントの行動に、一瞬首の後ろが総毛立つ。
ヒュージトレントの顔のような虚も、今はおどろおどろしい形相のように見える。
……コイツのしたことは、俺に置き換えると、ディアナを、アイリスを、犠牲にするってことだ。
――昨日のことを思い出す。無鉄砲な俺を諫めてくれた、相棒とのやり取りを。
周囲の喧騒が、蔦を切り払うアイリスの指の音が、自身の息切れの声さえも遠のく。




