一体見かけたら三十体はいると思え⑩
魔晶は回収した。あとはこの包囲を脱するだけだ。
「ディアナ!」
白い短剣を腰の鞘に納め、左手に魔晶を抱えた俺は、ディアナへ右手を差し出した。
俺の呼びかけ一つで意を汲んだ相棒は、こくんと頷き、その身を一振りの剣へと変じさせる。
再び夜剣と化したディアナを握りしめた俺は、海岸方向に立ち込め続ける靄へ向かって右腕を振りかぶった。
「『闇夜神路!』」
放たれた夜色の波動が、紫の靄とその中に潜んでいた小トレントたちを一挙に蹴散らした。波動が霧散すると同時に、眼前の空間が大きく開ける。
さっきより威力上がってる気がするなぁ……まあ、今はそんなことはどうでもいい!
「アイリス、行くぞ!」
「わかってるわよ!」
背後の金髪の少女に声をかけ、全速力で開けたスペースを駆け抜ける。その間も、主人に忠実な小型トレントたちが目まぐるしく飛び掛かってきたが、ボスが倒れたせいか、頻度はともかく勢いに力が無い。
ヒュージトレントを倒す前よりずっと楽に小トレントたちをあしらい、俺とアイリスは海岸の転移陣へと急いだ。
薄れゆく意識の中、極上の魔素が遠ざかっていくのを、木は朧気に感じ取っていた。
魔晶を奪われ、頭目である自身の統率支配が弱まったために、分体の包囲が容易く破られた。みるみるうちに二つの強大な魔素が離れていくのが分かる。
……そんなことは許さない。あのエサは自分のものだ。
魔晶をその身に内包したことで得た意志が、その源泉を失われ消えゆく筈の欲望が、どこからともなく沸々と湧いてくる。
横たわった身体をゆっくりと起こし、木は立ち上がった。餌が逃げ去った方角を、瞳無き目で睨む。
……魔晶を失った今、餌を追うには魔素が足りない。
餌の視界を潰すための靄もいつの間にか晴れ、木の周囲には、今や役立たずの弱小個体が、指示を待っているかの如くうろうろしている。
木は、流れるような動きで、手近な個体へ己の蔦を伸ばした。




