一体見かけたら三十体はいると思え⑧
「お見事です、マスター!」
「やるじゃない! んじゃさっさと帰りましょこんなとこ!」
今なお周囲を覆っている紫色の霧の向こうから、ディアナとアイリスの称賛の声が聞こえてくる。
濃密な霧のために見えてはいないだろうが、俺は声の聞こえた方向に向かって大きく頷いた。
魔晶を引っこ抜かれたからだろうか、少しづつ身体を傾け始めているヒュージトレントの虚から飛び出す。そのままの勢いで、ディアナとアイリスの魔素を目印に霧の中を走り出した。
「どけどけどけぇー!」
ボスキャラを制したにもかかわらず、律義に包囲網を崩さない小トレントたちに向かい、俺は走りながら右手の白い短剣を振り回した。
力の方向も考えずに滅多やたらに振り回しているため、大したダメージは無いだろうが、前をどかすだけなら充分だ。
そうしていると、眼前の靄がほんの少し薄くなり、トレントたちの包囲内で立ち回り続けていた二人の少女の姿が見えてくる。
「待たせたな、ディアナ! アイリス!」
「マスター! ご無事で何よりです……!」
限定魔装状態を展開していたディアナが、さらに幼くなった身体で駆け寄ってきた。
「まさか、ここまで上手くいくなんて思わなかったけど、アンタの魔眼も大したもんね。ま! アタシの拵えた霊剣のおかげでもあるけどね! 褒めてもいいわよ!」
「よし、帰ろうぜディアナ」「はい、マスター」
「ちょっとぉ!」
ふふん、と尊大に胸を反らせるアイリスを置いて、ディアナと二人でその場を後にしようとする。が、慌ててアイリスが後に続いた。
悪い悪い。からかっただけだって。ちゃんとアイリスのおかげでもあるって思ってるから、怒るなよ。
……事実、俺の思いついた作戦は、アイリスがいなければ成し得なかった。
俺の右手に光る白い短剣。
俺とディアナがトレイユで回収し、昨日アイリスが『武器を作る』と言って抜き取った魔晶が生まれ変わったのが、この短剣なのだ。
アイリス曰く、リーファライト? とかいう特殊な生育法でしか成長しない希少な草を織り込むことで、刃の周りに薄皮一枚ほどの魔抗結界を展開しているとか何とか。まあ要するに、魔素を切れるのだ。この剣は。




