一体見かけたら三十体はいると思え⑦
その木が意思らしきものを得たのは、いつのことだっただろうか。
久方ぶりの獲物に対峙している今この時から何日、何ヶ月以前のことだったか、その木は当然把握してなどいない。ただ確かなのは、己の身体に空いている一番大きな虚に、どこからか石のようなものが転がり込んできた頃からだったということだ。
その石を通して、木はたちまち成長した。木が根を張っていた島は世界中から魔素を集め、石は更にその魔素を宿主である木へと集めた。
島に生きるどの植物よりも充実した魔力を得た木は、それだけに飽き足らず、島に生息していた魔獣たちにその根を伸ばした。
根を突き刺し、骨になるまで体液を搾り取る。そうすることで、その魔獣が持ち合わせる魔素を吸収することが出来るということを、いつの間にか木は知っていた。
近くの魔物から手当たり次第に襲いかかり、逃げたものは追い、隠れたものは探し出した。
自分が自在に動けることにも、魔物の宿す魔素を察知出来ることにも、最早疑問は無かった。
ただあるのは、魔素を食らいたいという欲求のみ。
潤沢な魔素が通う木の身体は鋼のように堅固で、あらゆる魔獣の牙も爪も傷をつけることは叶わなかった。ましてや、単独ならまだ立ち回りようもあったろうが、『狩り』の回数を重ね、弱小個体での包囲網や魔霧による行動制限をもこなしてのける存在に、魔物たちは抗う術を持たなかった。
そうして、いつしか木は荒天島の捕食者の頂点へと達していた。
ただ一度の敗北も、敗走も味わわず、勝者の権利とばかりに魔素を貪り続けた魔晶個体は、この日、随分と久しぶりに獲物の存在を察知した。
突如島の内側に現れた魔素の感覚は、木が今までに感じたことのない種類のものだった。
獲物が領域である森の奥に近付くにつれて、徐々にはっきりとしてくる。明らかに魔獣どもとは違う、ずっと濃密で洗練された魔素。それが二匹。
一匹は、夜天に浮かぶ月のような、柔らかな輝きを放つ魔素。
一匹は、青空を照らす太陽のような、眩しい煌めきを持つ魔素。
久しく味わっていない獲物の魔素が上質のそれと知り、木はついつい先走って自分から近付いてしまった。本来の住処である森の最奥の遥か手前でかち合ってしまったが、そんなのは些細なことだ。
木はいつも通り、必勝の手法を繰り出す。案の定、獲物二匹は弱小個体の対応に追われ、魔霧で視界を潰され、満足にその場を動けてもいない。
あとは時間の問題だ。この獲物たちも、やがて足を止めて動かなくなるだろう。
あじわう、のは、それから、だ――
あ、れ? なに、かが、お、かし、い。
あたま、が、ぼう、っとす、る。
これ。しって、る。ずっと、まえ。まな、たべて、なかったときの。かんかく――
「――獲ったぞぉおおおおお!!」
某ゴールデンレジェンドな番組に出演していた芸人の如く、俺は声高に叫んだ。
天高く突き上げる左手に握りしめるのは、人頭大の魔晶。たった今、ヒュージトレントの口の虚からほじくり返したものだ。




