一体見かけたら三十体はいると思え⑤
こうなったら月神舞踏で空中から攻めるしかない。
小型トレントがアイリス一人に一極化してしまうのが明らかだったから避けたかったが、今の状態を維持したところで、物量に押し切られるのもまた明白だ。
月神舞踏なら、上空から闇夜神路を放って魔晶個体を攻撃できるし、同様の手段で小型トレントたちの牽制もできる。むしろ、状況をひっくり返すにはこれしかない。
未だ本調子ではない相棒に一層の負荷を強いることに気後れしつつも、現状を打開すべく決意を新たにする。
「ディアナ! 月神舞踏だ――」
『お待ちください、マスター!』
そんな俺の声を、響くディアナの声が押し止めた。
『周りをご覧ください!』
とめどなく飛び掛かってくる小トレントを切り払いながら、ディアナが指す方向に目を向けた俺は、思わず目を擦った。
俺とアイリスを囲う小型トレントの群れ。更にそれを覆い隠すかのように、周囲に紫色の靄が発生していたのだ。
その濃度は異常なまでに濃く、五メートルも離れていないはずのアイリスの背さえ判然としない。
周囲の小トレントたちの姿も同様に霧に紛れ、いざ攻撃に迫ってくる程に近寄られないと気付かないほどだ。
奥のヒュージトレントに至っては、最早影も見えず、どこにいるのかも分からない。
……これじゃあ、月神舞踏で空中に逃れても、攻撃できねーじゃねーか!
「くっそ!」
『マスター! 右斜め前方です!』
ディアナの声に応じ、また一体、飛び掛かってきたトレントを薙ぎ払う。
出現する方向が、その直前でなければ判断できなくなってしまったため、一度の迎撃にかける疲労が段違いだ。すべての攻撃が不意打ちになるということもあり、要する集中力も相当なものだ。
まさか、これもまたあの魔晶個体……ヒュージトレントの仕業なのだろうか。
根拠はないが、そうとしか考えられない。それ以外に、このトレントたちにお誂え向き過ぎる環境を誰が用意するというのか。
「アイリス! 無事か!?」
「なんとか、ねっ! まだ生きてるわよ!」
視線を向けずに声だけで呼びかけると、すぐさま強気な返事とトレントを迎撃する轟音が帰ってくる。しかし、その返答にもどこか緊張の色が感じられる。
『……アイリス様も、いっぱいいっぱいといった様子ですね』
「無理もねーさ」
強烈な二面性を使い分けるほど精神力の強いアイリスといえども、この圧倒的不利な状況に気圧されているのだろう。
それもそのはずだ。こっちは敵方の大将を見失い、視界も奪われ、間近に蠢く大量の尖兵が引っ切り無しに飛び掛かって来るのだから……
「……ん?」
もう何体目かわからないトレントを蹴飛ばしながら、俺は自分で自分の考えに引っかかった。
……なんでコイツらは、この靄の中で俺たちの場所がわかるんだ?




