苦渋の折衷案⑤
「じょ、冗談だろ?」
「冗談なもんですか。さ、早いとこ行っちゃいましょ。準備はいいんでしょ?」
唖然とする俺を余所に、出立のため魔法陣のスクロールを用意するアイリス。
ディアナに視線を送る。力強く首を横に振っている。だよな、宮廷魔術師ってそう簡単に辞めたり休めたりするもんじゃないよな。有給休暇……無い、よな異世界には。
件の魔術師は、床に転がる魔導書などなどを平気な顔で蹴飛ばして無理やりスペースを作っている。
将来こいつのファンが出来たら、とても見せられない光景だな。
そうして強引に確保した空き空間に魔法陣を敷いたアイリスは、俺たちにここに立つように指さした。
未だに「本当にいいのかな」といった気分ではあるが、大人しく従う。
「アタシが魔力を流したら魔法陣が光り出すから、そのタイミングでアンタの心素を注ぎ込みなさい。全力で、一滴残らず絞り切るつもりでやんなさいよ」
「この魔法陣、発動するのに心素も必要なのですか?」
手順を説明するアイリスに、ディアナが問う。
この二人、身長差が結構あるな。ディアナが小柄で、アイリスがスタイルがいいから、並ばれるとそれが余計に際立つ。
ふわふわと揺れ動くディアナの狐耳に視線を取られていた様子のアイリスだったが、少しすると顔をぶんぶんと振って取り繕った。
「そ、そうよ。アタシにも一応ちょっとは心素があるっぽいけど……稼働させるには到底足りなかったみたいなのよね。だから正式に使ってみるのはこれが初めて」
「へぇー……って、それ、大丈夫なのか」
暴発したりしないよな? そんな話されたら、期限切れの缶詰が爆発した、なんてどこかで聞いたようなニュースを思い出して心配になる。魔法と食用缶詰を一緒くたにしていいものかはわからないけども。
「ま、やってみればわかるでしょ――あ、ヤッバ」
アイリスはそう呟いて表情を曇らせ、扉へ向かって右手を振った。緑色の光の粒が風に舞うように扉へと向かったかと思うと、器用に錠が下りた。
その直後、ドンドン! と扉を叩く音と、呼びかける声が聞こえてくる。怒声とも言っていいくらいの勢いだ。
……やっぱり許可下りてないじゃん!
「おい!」
「てへ☆」
問い詰めるように睨むと、ウィンクしながら舌先をペロッと出し、自分で頭を小突く自称アイドル。
……ちょっと可愛いのが腹立つ!
「なーんてやってる場合じゃないわ! すぐに行くわよ!」
もはや驚嘆ものの変わり身の速さで、アイリスは魔法陣へと右手をかざして目を伏せた。途端、魔法陣が金色に輝き始める。
頷くディアナ。
促すように視線を寄越すアイリス。
あーもう仕方ない! ベロニカ王にはあとで俺からも謝ろう!
「行くぞ! 荒天島!」
魔装形態のディアナへ心素を渡すときの要領で、ありったけの心素を足元の魔法陣に送り込む。
魔法陣は、呼応するかのように一瞬明滅し、俺の視界いっぱいを金色の光で埋め尽くした。




