苦渋の折衷案③
そんだけ鍛えてりゃあ月神舞踏レベルの速さで走れるわ。
昨日、ゲリラライブを取り締まりに来た兵士たちからダッシュでトンズラしていたアイリスの姿を思い出す。特別、身体強化の魔法とか、移動を補助する風の魔法なんかを使ってる様子ではなかった……つまり、あれは純粋なアイリス自身の身体能力っていうわけで。
そういや、工房に拉致られるときもちょっと引くくらいの腕力だったよなあ……全然そうは見えないのになあ。
「……なによ。あんまりジロジロ見ないでよね。あっ、もしかして、アンタもアタシのアイドルとしての魅力に気付いて――」
「よし、さっさと行こうぜ」「はい、マスター」
「ちょっと!?」
何も言ってないのに愉快な勘違いをしてんじゃないですよ。
ディアナもテンポよく応じてくれ、憤慨するアイリスを置いて俺たち二人はスタスタと城へ戻るのだった。
「お待たせ。それじゃ、答えを聞こうかしら」
アイリスの工房。部屋の奥から、運動の汗を浴室で流してきたアイリスが、昨日の黒ローブ姿で現れた。サイドテールに結われた髪は魔法で乾かしたようで、身支度がきっちり整えられている。
工房の中は、俺たちが引き入れられた時と何も変わらず物が散乱している。そんな中、どうにか確保したスペースに椅子を用意して俺とディアナは腰かけていた。
俺の正面にある、おそらくデスクと思われるものに腰を持たれかけさせ、アイリスが昨日の提案の答えを促してきた。たぶんデスク、だと思う……上にうず高く積まれた、本や書類や薬品瓶のようなものたちのせいで全貌が見えないけど。
「答えの前に、確認しよう。そっちの要求は『俺の知るアイドルについての情報を教えること』。その対価として、荒天島へ転移できる魔法陣の使用許可、ってことでいいんだよな?」
右手を挙げて、交渉内容の確認から始める。
肘を抱えるように腕を組んだアイリスは、大きく首を縦に振った。
「そうよ。細かく言うなら、どんな情報を教えてもらうのか、なんてジャンル指定も必要かもだけど、ほしいものはその都度指定するわ。今は、情報提供の継続を了承してもらえるだけで構わない」
さらっと継続って言ったなコイツ。意識させないように重要な一言を含ませるなんて、自発的に入念なトレーニングメニューを考案するだけのことはある。強かで賢明だ。




