召喚特典と世界間差異②
「…………」
無言で槍を引き抜き、振り返ることすら厭うかのように再び駆け出す。
これで、二桁は魔物を屠っただろうか。右手にじわりと残る骨肉を断つ感触は、呪いのようにじっとりと絡みついて、当分洗い流せそうにない。
とても、気分のいいもんじゃないな。
よくもまああいつらは、こんな心持ちのまま笑顔で人のことを殴る蹴る出来たものだ。
かつて、『正義の鉄拳』とやらにより、内出血でパンパンに膨れ上がったことのある左頬をそっと撫でる。
当時は殴られる側だけが痛い思いをするのだと世界を呪ったものだが、自分が攻撃する側になってみると、どうだ。
どっちも痛いんじゃないか。誰も得なんてしないじゃないか。
俺はあいつらと違って、生物を殺しているのだから、細かいことを言えば実際に抱いている感情は別物なのかもしれないけど。
でも、少なくても俺は、これを楽しいなんて思えない。
「チッ……あーあ、ヤなこと思い出しちまった! 忘れよ忘れよ!」
『地球で虐められていた記憶』なんて、こんな状況下でわざわざ思い出さなくてもよかったっつーのに。
胸に沸き上がりそうになった、黒く澱んだ感情を押し込めるかのように大声で一人ごちる。
「こんな時にはルナちゃんのデビューシングルに限る」
そういえば思い出した。俺は高校指定の紺のブレザーのポケットをまさぐり、目的のものを取り出した。
持っててよかった携帯型音楽プレイヤーとイヤフォン! ぼっちの強い味方だよね。外出するときに欠かせないアイテムベスト3に入るよ。うん。
この世界に喚び出されたのが平日の放課後だったこともあり、普段持ち歩く生活機器はすべて身に着けていた。筆記用具などの入ったスクールバッグは、不要かと思い飛び降りたバルコニーに放置してある。
今思えばバッグも持ってくればよかったかな。魔晶とかいうのがどんな大きさかわからんし。
ポケットに入るようなサイズだと楽なんだけど。
無線式のイヤフォンを耳にセット。音楽プレーヤーを操作し、もう何度聞いたか覚えていない、マイフェイバリットシングルチャート不動の一位を選び、再生ボタンを押す。
余談であるが、俺はスマホと音楽プレイヤーは別々に持ち歩く派であり、携帯充電器は常にカバンの中に忍ばせておく派でもあり、かつ電子機器の充電は可能な限り満タンを維持する派である。
なので、しばらくは電池切れを心配しなくてもよいのだ!
……本当にしばらくの間だけだけど。
この世界、電気とか無いよなぁ。




