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透明CI  作者: 彩ぺん
14/20

Q夏祭り A?

もう何年も見慣れた筈なのに色鮮やかに空をキャンパスにして咲き誇る無数の花。


例年、代わり映えしないというのに歓声が何度も上がる。





 隣で彼女が周囲の人々と同じように声を上げた。見なくてもわかる、いつもの満面の笑みだろう。腕をむずむずと撫でる彼女の気配を、追い出そうとひたすら花火を見つめ続けた。


ぼんやりと感じる彼女の白さが、存在感が、どうしてこんなに心をざわめかせるのか。





 その問題に、俺は手をつけられない。





 ポケットでバイブ音が鳴った。間を置かずに続けて携帯が震えた。





中山孝介


かき氷、まだ?





佐藤亮平


先戻ってろ。察して。





 手に持ったかき氷が熱気で早くも溶け始めていた。





「戻らないと溶けちゃうね。」





 不意に彼女が発した言葉にどきりとする。





「だな、始まって思わず見ちゃったけど早く戻ろう。」


「そうだね。」


「雪菜は、なんか唐揚げ食べたいって言う亮君に付き合うから先戻っててって」





 田原が促すと彼女とサカナが嬉しそうに笑いあった。





「俺、帰るわ。」





 元々乗り気でなかったが、騒ぎ立てるコウに付き合う形で毎年恒例だっただけだ。


これだけ男子も女子も集まればコウも満足だろうが、俺はやっぱりなるべく集団から離れていたい。


 田原に押し付けるようにコウのかき氷を渡した。一気に場の雰囲気が変わった。





「マジかよ。お前な。」


「私も!」





 少し語気の上がった田原に被せるように彼女が上擦った声を上げた。





「最初から少しだけって。楽しいからつい忘れちゃった。賢輔君、顔色悪そうだし、一緒に帰るよ。」





 そう告げると、彼女はサカナと何らやこそこそと話をして、行こうと俺に声を掛けた。軽い嘘で俺の我儘をサラリと受け入れたのか、本気で俺の体調を気遣ったのか。遅れてかき氷を持って合流した佐々木にサラッと帰る事と理由を告げて、彼女はもう一度行こっかと笑った。





「マジかよ。気づかなくて悪りーな。お大事にな。」


「別に。そんな悪くは無いけど、ごめん。」


「気をつけて帰れよ。サユも。」


「サトケンお大事に。サユちゃんまた学校でね。メールするね。」





 ああと小さく頷く。素直に謝れた。彼女と二人ということに困惑しながらも俺は駅へ向かって歩き出した。昼間のやり取りからして、コウは怒らないだろう。後退した分、中々進めない。変わりたいけれど、踏み出す勇気や乗り越える気概を出す事はなんて難しいのだろうか。





 無言で広い横断歩道を渡る。





 シャクシャク。





 シャクシャク。





 彼女がかき氷にストローを刺す音が静寂に響く。俺は彼女の一歩後ろを歩いた。置いていって危険な目に合うのは困るが、隣を歩く度胸はない。髪留めで纏め上げて露わになっている白く透き通ったうなじが、街灯に照らされた眩しく光る。





どうして、彼女はこう鮮やかなのだろう。





「本当は帰りたくないんだ。」





 ポツリと呟いて、一瞬立ち止まると彼女はふふっと口元を緩めて肩を揺らした。





「楽しいと、時間忘れちゃう。具合は平気?」





 彼女が一歩遅くなったので自然と横並びになった。眉尻を僅かに下げて、彼女がお茶のペットボトルを差し出した。





「飲んでないから良かったら。」


「持ってるから平気。」





 そんなに悪そうな顔色なのだろうか。確かめようにも手段がない。斜めがけの鞄から水を取り出すと口をつけた。喉は乾いていないけれど、そうして見せた方が余計な心配をさせずに済むだろう。





「模試の結果いまいちだったから、煮詰まってたんだけどまた頑張れそう。」





 暗い木々の小道。彼女の表情は闇に紛れてよく分からない。声色はいつもと同じように弾んでいた。





「そう。」


「健輔君はどう?」





 尋ねられても、この時期に志望校さえ定まらない。親も教師も、どんな選択肢もあるという。正直に告げたら、彼女はどう反応するだろうか。





「志望校まだ決めてない。」


「そうなの?」





 疑問符が返ってきて俺は言葉に詰まった。彼女が覗き込むようにこちらに丸い目をむけた。試験で悩んだことなんて一度もない。





「どうせどこでも受かるし。」


「そっか。」





 相変わらず笑みを湛えているが、少し寂しげに聞こえた。それが時間帯のせいなのか。それとも花火会場の喧騒から遠ざかっているからなのか。はたまた受験生同士の悩みを共有できない事に対してか。こんな風に二人なのは初めてで、元々コミュニケーション不全なのもあって彼女が黙ると会話が止まる。退屈で面倒だと思われているだろう。





 この場から逃げ出してしまいたい、そもそも、こんな所を誰かに見られたらややこしくて困った事態になるだろう。夜道に女子一人置いていくわけにもいかずに途方に暮れる。再び一歩後ろになるように歩く速度を緩めた。





シャクシャク。





シャクシャク。





シャクシャク。





 溶けてしまうのに彼女は口に運ばずストローを上下に動かす。無言のまま駅まで続く大通りを歩いた。のんびりと歩く彼女の速度に合わせているので駅までが遠い。街灯がつくる影は重なっているのに、二人の距離は空いている。





 次第にかき氷とストローが出す音はしなくなった。溶けきったのだろう。しんと静まり返って、鼓動が大きく感じられた。暑さと、色々な感情がごちゃ混ぜになってとても疲れた。





「想像してみたんだけどスーツより制服とか、白衣とか着てるイメージある。」





 駅の階段を登りきった時に急に彼女が振り返った。発言と彼女の笑顔に驚いて俺は立ち止まった。





「実は緊張してたから、いろいろ考えてみてたんだ。白衣が一番しっくりくるかも。研究とか、開発とか。」


「そう。まあ普通のサラリーマンは向いてないとは思うから専門職とか技術職かなとは思ってる。」


「勉強は余裕あるから、ゆっくり決められていいね。」


「俺、バスだから。」





 いつまでも会話をしていてもいい気がしてしまう。名残惜しい気持ちを引きはがして声を絞り出した。





「そうだったんだ、ありがとう。改札前まで。」


「連絡、コウとか亮とか誰かに入れて。結構時間遅いし。」


「私、二人とも連絡先知らないんだ。」





 彼女はすっと鞄から携帯電話を出して俺の胸の前にそっと突き出した。気温の高さのせいだろう。彼女の頬は桃色に紅潮している。





「具合、大丈夫そうだけど。家に着いたら教えて。」





 俺は無言で携帯電話を渡した。彼女は驚いたようにまんまるの目を更に丸くして、それから目を伏せた。睫毛が長いなとそんなどうでも良い事が脳裏をよぎった。


黙って俺の連絡先を登録するのを待っている間、携帯電話ごと捨て去ってしまった方が良いと頭の中で叫び声がした。





 やっぱり。





 喉まで出かかった台詞を飛び出しそうな心臓ごと飲み込んで、俺は口をきつく結んだ。


返却された携帯電話がいやに熱い。





 手を振る彼女に背を向けて階段を下りて、先ほど通り過ぎたロータリーの方へと足早に戻った。瞬きするたびに花火と彼女の残像が被ってチカチカ、チカチカと瞼の裏を横切った。





 その日、彼女から連絡はこなかった。





 何かあったかもしれないと考えて、何度も文字を打ち直したけれど結局送信ボタンを押すことが出来なかった。





 登録を間違えたか、通信エラーかなんかだろう。それか疲れていて遅くなったか。色々な事を考えて、質問すれば解決するのに俺はそれを放棄した。





 熱帯夜で頭がやられただけだ。うっかり彼女に踏み込むべきではない。





 良く似ているから、きっと同じ事を繰り返す。俺は、傷つくのが怖かった。





 眠れなくて仕方ないのに懸命に忘れようと、気にしないようにと努めた。






 短くも長くもなかった夏休みも間もなく終わる。受験勉強は毎日きちんと行っているのに、学校の課題に手をつけなかったコウに付き合って亮と3人、図書館で教科書や参考書を広げていた。





「そもそも課題もセンター対策なのに何で手をつけてないんだ。」





 大きくため息を吐くと読み終わった英単語帳を閉じた。





 寝坊したコウを引っ張り出して来たのはお昼過ぎ。時計はもう14時を過ぎようとしていた。





「息抜きに出かけようと思ってたのに結局勉強、勉強。課題のプリント失くすとかふざけるな。」





 亮も数学の問題を解き終わって一区切りついたようで、援護射撃を送ってくる。





「コピーも終わったし、後は自分で頑張るからさ。」


「当たり前だ。ノート丸写しだったらどうなるか分かってるな。」





 亮がコウからノートをひったくった。





「何か天気も悪くなって来たし、プールは諦めて帰るか。」


「なら家でゲームでもしようぜ。そろそろ禁断症状が。」





 疲れ切った表情でコウは机に突っ伏した。はっきり言ってコピーに追われていただけで疲労する訳がない。





「カラオケは?」


「それもいーな。」





 勝手に話が進んでいく。そもそもプールへ行く気などさらさら無かった俺は返事をせずに片付けを始めた。そもそも受験生が花火大会にプールにと何故遊びまわる。学年2位の成績を誇る、おまけにすでに模試の判定も最高という亮は兎も角、絶望的なコウには自覚が足りない。





「でもこいつ歌わねーしな。」


「ゲームって何すんの?」


「対戦ゲーか桃鉄かまあ何かあるっしょ。」


「ケンもそういうのするのかよ、ウケる。」





クスクスと似たような笑みを浮かべて2人が笑うのが不愉快で俺はさっさと歩き出した。


2人が気にするようでもなく追いかけてきて、鞄で殴ってきた。





「じゃあ、買い出ししてケンの家行くか。」


「何で俺の。」





 言い終わる前にコウは携帯電話を耳に当てていた。





「もしもし、おばさん?お久しぶりです。これから伺いたいんですけどいいですか?図書室混んできて、ええ。ええ。ありがとうございます。」





 母の応対は想像し易い。





「いいって。」


「すげーなお前。」


「なんせ俺は、おばさんが知る唯一の友人だからな。しかも赤ん坊の頃から知ってる。」





 チッと軽く舌打ちして俺は俯いた。無視して2人が会話を続ける。





「買い出ししてから行こうぜ。あと家によって菓子折とゲーム取りに行こう。」


「お前ん家、和菓子屋だっけ。」


「そうそう。叔母さんうちのシュークリーム好きだから。」


「え、洋菓子じゃんそれ。」


「父ちゃんが隣でケーキ屋やってんの。帰省の時期は和洋抱き合わせセットとか結構売れるんだよな。」


「ふーん。祖父母と孫用とか?」


「あとは御霊前と手土産とか。どっちの店にも出してるから、買物も一度で済むし。」





 駅までの道のり、そんな話を聞きながらぼんやりと歩いた。熱気の湧き上がるアスファルトが憎らしい。帰宅した後の母親の対応を考えると面倒だなという気持ちが湧き上がってくる。まあたまにはこんなのも悪くないなとも感じる。





「とりあえず腹減ったし、ラーメン食ってかねえ?その後買い出しってことで。」


「俺も腹減った。」


「向こうに旨い店あるんだよ。」





 駅を挟んで向こう側の中華屋だろう。夏バテ気味で食欲がなく、思い出しただけで胃がもたれそうだった。





「暑いし、腹減ってないし、俺は先帰るわ。それに俺が行くとコウの爺ちゃん長いし。」


「俺らが見つけらんないとこにエロ本隠しとけよ。」





 軽口を叩くコウをジロリと睨んで、無言で改札をくぐり抜けた。電車で数駅、このまま何処かにふけてしまおうか。けれども、少し浮つく気持ちに気が付いたので大人しく帰宅することにした。電車を待っているとポケットでバイブ音が鳴った。






佐藤優子


エラーになってた。きちんと帰れたよ。ありがとう。






 2週間以上経過していたので想定外の連絡だった。遅いからといって心配してみせたのに全く行動しなかった自分が情けなくて俺は携帯電話をポケットに乱暴にしまった。


 到着した電車に乗り込むと、椅子が空いていたので腰かけて参考書を開いた。余計な事を考える隙間がないように数式を頭に入れなくては。





「飲み終わって帰ったらさ、近所にパトカー来てビビった。」


「うわ、マジで。何でそんなことに。」


「そこの家の息子、2つ先輩で小さい頃けっこう一緒に遊んだことあるんだ。顔も頭も良いし、面倒見も良くて皆慕ってた。年齢上がって挨拶だけになってったし、ここ何年か見なかったんだよな。医学部目指して浪人してたらしい。まさかの家庭内暴力だってさ。で、連れてかれたって。おふくろに聞いたらちょっと前にも1回パトカー来たらしい。人は見かけによらないっていうか、変わっちゃったのか。怖いね。」


「へえ、分かんないもんだね。」


「本気で驚いてる。」


「なんかドラマみたいだな。」


「だよな。妹が、可愛い感じの子がいるんだけどさ玄関前で蹲ってて可哀想だったよ。」


「なんかその子非行に走りそう。ほら、家庭が壊れてると…。」


「それがさ、元々たまに会うんだけど今朝たまたま家の玄関前で遭遇して。何でもないような顔して笑顔でおはようございますって挨拶するから余計に可哀想でさ。慰めてやりたいけどなんも言えないじゃん。可愛いんだよ。」


「同情じゃなくて下心かよ。妹大学生?」


「いや、女子高生。」


「うわっ。ロリコン。」


「いや、それ前が言う?」





 隣の大学生くらいの男たちの声の大きさにうんざりして俺は席を立って車両を変えた。


くだらない世間話。社会に出てもこんなものなんだろう。


 移動の際、嫌味のような台詞が聞こえた気がした。


 冷え切った車両内はまるで自分の胸の内のようだと自嘲して、別の席に座った。


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