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第二章:帝都へ2

柔らかな日差しは、もう春がすぐそこまで来ていることを報せていた。


うららかな天気の良い日は、ロッククライミングに限る・・・って違う!


よもや、切り立った崖を登るなんてことが、私の人生にあると思わなかった。


体にロープを巻きつけているものの、下を見ると、100メートル下に地面がある。


「足元に気をつけろよ。この辺は、崩れやすいからなあ。」


崖の上からは、先に登ったルカののんびりした声が聞こえる。


「ちょっと!そう思うなら、話しかけないでよ。」


私は、崖の壁に必死にへばりつきながら、叫んだ。


こっちは、風が吹く度に命の危険に晒されているんだからね。


帝都への最短ルートだと言って、ルカが選んだ道は、思った以上にサバイバルだった。


ほとんどが、獣道だし、たまにこんな風に崖を登らされる。


ハリネズミ生活が長かったせいか、脅威の身体能力を持っているせいか、ルカは、感覚がおかしい。


私は、軽々と先を行ってしまうルカの背中をいつも恨めしく見つめている。


大体、運動オンチで太り気味の私にこんな道を進ませる方が、どうかしてる。


おかげで、ダイエットにはなっているけれどね。


「くっ。あと、ちょっと。・・・って、わあ!」


片手がてっ辺についた瞬間、足元が崩れた。


し、死ぬ。


「あっぶね。お前、本当にとろいな。」


思わず、目を瞑ったわたしの手をルカが掴んだ。


「う〜重い。」


そう言いながらも、ルカは、軽々と私を上に引き上げた。


いつも思うけど、こんな細い腕のどこに力があるんだろう。


ルカは、一見どこにでもいそうな普通の少年だけど、ハンパない体力を持っている。


この前、熊に追いかけられた時、私を担いで逃げ切った後も息切れ一つしていなかった。


恐怖でブルブル震えている体をなんとか動かした私は、仰向くになって、ルカを見上げた。


身長は、私よりは高いけれど、同じ年頃の男の子に比べたら、小柄な方だと思う。


まあ、年を聞いたら、多分十五才位とかなり曖昧な答えが返ってきたから、何ともいえないけれど。


見上げていたら、オリーブ色の瞳が、いきなりこちらを向いたので、驚いた。


「何見てんだよ。ほら、さっさと行くぞ。水の匂いがしたから、池か小川があると思う。今日は、そこで野宿だ。」


そう言うと、ルカは、またずんずんと茂みの奥に入っていってしまった。


「ちょっと、待ってよ。」


慌てた私もルカを追って走り出した。












ルカの言った通り、少し歩くと、小さな小川があった。


うれしくなった私は、靴を脱ぎ捨てると、冷たい水に足を浸した。


結婚式用にパンプスを履いていた私は、当然の如く足を痛めてしまい、イラついたルカが、どこからともなく古びた靴を持ってきてくれた。


それでも、大きさの合わない靴のせいで、足は、豆だらけだ。


文句を言わなかったのは、ルカが、その靴をもしかしたら、盗んできたんじゃないかなって思ったから。


でも、ルカは、何も言わなかったから、私も何も聞かなかった。


ルカは、私を売り飛ばそうとか考えてなさそうだし、まだ子供だし、ハリネズミだし、悪人面じゃないし、時々優しいし・・・・ていうか、ルカに見捨てられて困るのは、私の方だから。


全面的に信じようとしても、ひねくれた心が、どうも邪魔をする。


ため息をついていると、後ろの茂みから、ルカが出てきた。


「あと、三日で帝都に着く。ナツが、割と頑張ったおかげで結構早く着きそうだ。」


ルカは、集めてきた木の枝を山にすると火をつけながら、言った。


「『割と』って何よ。死に物狂いで頑張ったのよ。」


ぐったりとした声を出す私を見て、ルカは、小さく吹き出した。


「確かに。さっきの足滑らせた時のお前の顔を見せてやりたかったよ。」


おかしそうに思い出し笑いするルカに心底頭にきて、足を思いっきり踏んづけてやった。


拍子にハリネズミ戻ってしまったルカを私は、見下ろした。


「お、お前、顔が悪魔みたいだぞ。」


動揺したハリネズミのルカが、後ずさる。


「あ〜ら、そんなこと言っていいのかしら。もう塩かけてあげないよ。」


「き、汚いぞ。」


ハリネズミの顔が、土色になる・・いやまあ、最初から茶色だけどね。


ハリネズミ姿の時、塩を持ち運べないルカの代わりに塩の管理は、私がしている。


不思議なことにルカが人間の時に、服のポケットなんかに入れた物は、人間の姿の時は、取り出せるけれど、ハリネズミの時は、無理なのだ。


身に着けていた物が、全て消えてしまう。


じゃあ、今までどうやって塩を持ち運びしていたの?って聞いたら、ビンに入れて転がしていたらしい。


想像したけど、結構かわいらしい図になった。


でも、かなり面倒だとも思った。


道理で、私に会った時、塩を持っていなかったわけだ。


「さあ、もう一度言ってごらん。」


満面の笑みで見下ろすと、ルカは、くやしそうに唸った。


「頑張り屋で天使のようにかわいらしいナツ様。どうか、塩のお恵みを。」


「よろしい。」


ポケットから、塩を一つまみ取り出して、ルカに振り掛ける。


「口の利き方に気をつけた方がいいと思うよ。」


私は、目の前に現れた仏頂面の少年を見上げて忠告した。


「ふん。」


ルカは、露骨に反抗的な態度をとると、枯葉を集めた寝床に横になると、そっぽを向いてしまった。


「ふふ。」


ふて寝しているルカを見て、思わず笑ってしまった。


うずくまっている姿は、ハリネズミとそう変わらない。


私達は、案外上手くやっていると思う。


ルカが、どんなことをしてきた人間かは、よく分からないけれど、今私の目の前にいる少年は、間違いなくルカだ。


時々、元の世界を夢に見たり、夜が怖かったりするけれど、ルカの隣にいるとなんとなく安心出来るようになった。


この世界に来てから腰まで伸びてしまった髪を丁寧に洗っていると、三十分経ってハリネズミの姿になったルカが、寝返りを打った。


川のせせらぎの中で耳を澄ますと、フクロウの鳴き声が聞こえた。


高く昇った月は、優しく私達を照らす。


こんな風な生活も悪くないかもしれないと、ふと思う。


もちろん、帰りたいと思うけれど、帰った後、待ち受けているであろう現実を想像するだけで辛い。


お母さんもお父さんもお姉ちゃんも、もちろん柊君だって、心配しているはずなのに私は、どこかおかしいのだろうか。


冷たい人間なのかもしれない。


瞼の裏がひどく熱い。


いつの間にか、また泣いていた。


「本当によく泣くな。」


いつの間にか、ルカが起きだして私の顔に下に座っていた。


私の涙をかぶったルカが、人間の姿に戻って、私の隣に座った。


「まあね。泣くと、いつも柊君が来てくれたから、癖になっちゃった。」


「シュウクン?誰それ?」


「お姉ちゃんの旦那様。私がこの世界に来た時、ちょうど結婚式の最中だったの。お姉ちゃんは、本当に天使様みたいに綺麗で、二人とも幸せそうで・・・。」


馬鹿かな、私。


自分で言っておいて、傷ついてる。


ぬぐってもぬぐっても涙は、止まらない。


「結婚式って、いいよな。」


ふいにルカが、呟いた。


「皆楽しそうに食べて飲んで朝まで騒いでさ。この世に不幸なんて存在しないみたいな気分になる。」


ルカの少し角ばった手が、私の手を包んだ。


ルカは、何もかもお見通しみたいだ。


それとも、実は何にも分かっていなくて、こんな風に接しているのだろうか。


後者の方が、有力かもしれない。


でも、どっちでもいいや。


流れる涙をそのままに私は、泣き続けた。


どれくらいに泣いたのだろうか。


ガンガンを痛む頭を抑えながら、顔を上げると、ルカのオリーブ色の瞳は、ぼんやりと月を見上げていた。


月の光を浴びた瞳は、光を反射して薄らと輝いていた。


なんて綺麗なんだろう。


まるで宝石みたいだな。


柄にもなく、そんなことを考えてしまった。


「ねえ、何でわざわざ人間の姿に戻るの?私と会うまでは、ほとんどハリネズミの姿のままで旅してたんでしょう?塩がもったいなくない?」


そんな自分に照れてしまい、照れ隠しにつもりで気になっていたことを尋ねてみた。


「別に。もうすぐ帝都だし、塩の心配はないけど。」


オリーブ色の宝石が、キラリと光る。


「もしもの時、お前を守れないだろ?」


それだけ言うと、ルカは、照れたようにそっぽを向いてしまった。


バター色の月は優しいし、ルカの手は、ホッカイロみたいに温かい。


やっぱりこの世界も悪くない。





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