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第二章:帝都へ

懐かしい夢を見た。


懐かしくて切ない夢。


「泣かないで、菜摘。見る目がない奴らの言う事なんか、気にするなよ。菜摘は、可愛いよ。自分じゃ気が付いていないかもしれないけれど、本当はすごく可愛いんだよ。その証拠におばさんもおじさんも果林も、菜摘のことが大好きじゃないか。」


ふてくされた私を迎えに来るのは、いつも決まって柊君の役目だった。


小さい頃、美人のお姉ちゃんと比べられるのが、悲しくて、よく家出をした。


その悲しみは、次第にあきらめに変わっていったけれど、幼い私は、友達の無邪気で心無い一言にひどく傷ついていた。


もちろん、家出といっても、近所の瓢箪寺に行って柿の木の下でしゃがみ、地面に絵を描いているだけだったけれど。


そこにいれば、柊君は必ず私を迎えに来てくれた。


「柊君も私が、好き?」


「もちろん。菜摘の描く絵も好きだよ。」


そう言って、柊君は、私の絵の横に花丸を加える。


「果林は、頭も運動神経もいいけれど、絵は、下手くそだからなあ。」


そう言って、私の頭を撫でてくれる柊君のことが好きだと気が付いた時には、もう全部遅かった。


絵画コンクールに出品する絵が完成した日、私は、家路を急いでいた。


柊君の家は、私の斜め向かいにあるから、家に帰ったらすぐ柊君に完成した絵を見てもらおうと思っていた。


瓢箪寺の前を通った時だった。


ふとお姉ちゃんの姿を見えた気がしたので、境内を覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、お姉ちゃんと柊君のキスシーンだった。


重なり合う二つの影を見たとき、全身から力が抜けていくのが分かった。


そして、同時に私が、柊君をとても好きだったということも。


「嘘つき。」


気が付くと、私は、泣いていた。


分かっていたことなのに。


分かっていることなのに。


「私のこと、好きだって言ってくれたのに。柊君の嘘つき。」


もう柊君は、私の所に来ないのに。


お姉ちゃんのことで泣いていると、いつも私を迎えに来てくれた柊君。


今度は、いくら柊君でも、きっと私を慰められない。


気が付いた瞬間に失恋なんて、あっけないものだ。


「嘘つき。嘘つき。嘘つき。」


結局、柊君だって、お姉ちゃんの方が、私より可愛いと思ったんじゃない。


もう他のどんな人に言われたって、気にしなくなっていたのに。






ボキッと鈍い音に驚いて目を覚ました。


「ここはどこ?」


朝のひんやりとした空気に体を震わせると、辺りを見回した。


硬い床で寝ていたせいか、動くと全身が、鈍く痛む。


音の正体は、暖炉にくべられた大きな薪が折れた音だった。


あんなに赤々と燃えていた炎は、とっくに消えていて、黒焦げになった薪が横たわっているだけだった。


私の上に掛けられた古びたマントと隣で体を丸めてスヤスヤ寝ているハリネズミを見て、全ての記憶が、よみがえる。


はっきりしてきた頭で、頬をつねってみた。


やっぱり夢じゃない。


「この子って、ルカだよね?」


恐る恐るハリネズミを突っついてみると、ハリネズミは、わずかに寝返りを打った。


「きゅ〜。」


ハリネズミは、金切り声で唸って、また寝てしまった。


「え?」


背筋が寒くなるのを感じた。


も、もしや。


怖くなった私は、今度は、ハリネズミを激しく揺さぶった。


それでもハリネズミは、しばらく私に眠ったまま、揺さぶられて続けた。


五分ほど経った頃だろうか、やっとハリネズミがうっとおしそうに目を開けた。


「何だよ?もうちょっと寝かせてくれたっていいだろう。せっかちな奴だな。」


少々、不機嫌なものの、少年特有のハスキーな声。


私は、心底ほっとした。


同時に安堵の涙もぽろりとこぼれた。


「まったく、何だっていうんだよ。」


目の前に現れた少年は、寝ぼけ眼で文句を言った。


「夢落ちかと思って。」


「はあ?」


ルカは、ぼさぼさの頭を掻きながら、聞き返してきた。


「あなたのことだけ、夢かと思ったの!あなたは、本当はただのハリネズミだったんじゃないかって思ったの!」


ヒステリック気味に怒鳴った私をルカは、ちょっと驚いたように見つめた。


「まあ、気持ちも分かるけどね。」


私の剣幕に完全に目が覚めたルカは、立ち上がると、マントを拾い上げて、私に着せた。


「寒いから着ておけ。お前、薄着過ぎるぞ。」


ルカの自然体な優しさに触れ、なんとなく落ち着いた私は、静かに頷いた。


「ちょっと頼みがあるんだけど。」


ルカは、ぼさぼさの髪を結びなおしながら、言った。


「なあに?」


「台所から塩取ってきてくれない?お前だったら、あんまり怪しまれないだろう。」


「ルカだって、大丈夫でしょう?子供なんだし。」


「まあね。でも、頼む。」


犯罪者とかじゃないわよね。


ルカに歯切れの悪い回答に戸惑いながらも、私は、台所の方へ急いだ。


結婚式の後の城は、静まり返っていて、途中で広間を覘くと、酔っ払って寝てしまったらしき男達が、ごろごろ転がっていた。


台所を覘くと、まだ誰も来ていなかったので、ほっとした。


急いで棚に近づくと、調味料らしき入れ物を幾つか引っ張り出した。


「砂糖と塩を間違えないようにしなくちゃ。」


ありがちな間違いもルカにとっては、死活問題になりかねない。


ようやく見つけた塩の壷を抱えた時だった。


「お腹好いたあ。」


幼い子供の声に私は、驚いて振り向いた。


見ると、ドアの所に小さな男の子が立っていた。


小さい子特有の柔らかい薄茶色の髪に青い瞳持つかわいらしい少年だ。


「お腹空いた。」


男の子は、もう一度言った。


動転してしまった私は、男の子を押しのけて逃げ出そうかとも考えたけれど、やっぱり思い直した。


ここで男の子に叫ばれたら、後が大変だ。


落ち着け自分。


胸に手を置いて、一呼吸。


辺りを見回すと、流しのそばに置いてあるバスケットにスコーンのようなお菓子が、残っていた。


私は、急いでそれをナフキンに包むと、男の子の手に載せた。


「ごめんね。今は、これしかないんだ。あとで、また来てくれたら、他にもあげるから、これで我慢してね。」


多分、もう少ししたら、昨日のおばさんたちも来るだろう。


見つかる前に事を穏便に済まさなくちゃ。


包みを渡して、微笑むと、男の子は、少し不思議そうな顔で私を覗き込んだ。


内心、ヒヤヒヤ。


なんだか手に汗をかいてきた。


私の笑顔を引きつってないかな。


「お姉ちゃん。」


「ん?どうしたのかな?」


何?


お願いだから、叫ばないでよ。


「お姉ちゃんは、フィオリトゥーラだね。」


「え?」


何それ?


人の名前?


誰かと間違えているの?


「私は、そんな名前じゃないわ。人違いよ。」


「ううん。僕は、分かっているよ。お姉ちゃんは、フィオリトゥーラだよ。」


男の子は、自信満々で言い切った。


その人、よっぽど私に似ているのね。


名前は、立派なのにきっとあんまり可愛くないんだな。かわいそう。


でも、否定し続けて、このまま、離してもらえないのも困る。


仕方ない。


「そうよ。私は、フィオリトゥーラよ。私、ちょっと急いでいるんだ。またゆっくり話しましょう。」


フィオリトゥーラさん、ごめんなさい。


「やっぱり。」


でも効果はあったようで、男の子は、満足そうに微笑んだ。


「本当にごめんね。また今度ね。」


「うん。またすぐに会えるよ。」


それは、無理だけど、本物のフィオリトゥーラさんに会えるよ。


手を振りながら、塩の壷を片手に台所を出ると、なんだかどっと疲れた。


でも、こうしちゃいられない。


もう誰か起きてしまうかもしれない。


慌てた私は、壷を抱えたまま、ルカの待つ部屋へと走り出した。




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