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第一章:迷子の蕾

美人で頭の良い自慢のお姉ちゃんが、結婚すると言い出した時は、さほど驚かなかった。


もう知っていたから。


相手は、お姉ちゃんと私の幼馴染である柊君。


お姉ちゃんと柊君は、高校の時から付き合っていて、社会人になって二年目のクリスマス、意を決した柊君が、お姉ちゃんにプロポーズした。


ホワイトクリスマスになったあの日、柊君は、あろうことか、買ったばかりのエンゲージリングを溝に落としたのだ。


偶然、通りかかった私は、柊君と一緒に四時間かけて、溝の中を引っ掻き回した。


結局、なんとか見つかったリングを片手にお姉ちゃんとの待ち合わせ場所に走っていく柊君の後姿を見送りながら、私は、少しだけ泣いた。


偶然、通りかかったなんて、ウソ。


今日が、最後の告白するチャンスだったから、柊君が通る道で待ち伏せしていた。


手なんかコチコチだし、耳も鼻も真っ赤でひりひりした。


街のイルミネーションが、やけに輝いて見えて、今頃柊君は、お洒落したお姉ちゃんと一緒に素敵なレストランにいるんだろうと思うと、泥だらけの自分が、ひどく惨めに思えた。


ううん。


ずうっと、昔から惨めだった。


モデルみたいにきれいなお姉ちゃんと太っちょで可愛くない私は、いつも比べられてきた。


大好きなお姉ちゃん。


自慢のお姉ちゃん。


私の欲しくて欲しくてたまらなかったものをいとも容易く手に入れてしまう。


醜い心は、いつも私だけのもの。


嫉ましい。


あなたの全てが、嫉ましい。












「式は、海外で挙げたかったの。」


お姉ちゃんは、ちょっと得意げに、あ然としている私達家族の前に航空券を置いた。


大学でイタリアの文化を勉強していたお姉ちゃんは、夏休みを利用してイタリアへの短期留学を繰り返す内に、現地でたくさんの友人を作った。


その一人の家で結婚式を開かせてもらうことになったというのだ。


大きなぶどう農園を経営する彼は、なんとお城まで持っているらしい。


「古城で結婚式なんて、素敵じゃない?」


うれしそうに事後報告するお姉ちゃんと固まっている両親を見比べながら、私は、小さくため息をついた。


「ねえ、菜摘ちゃんも絶対気に入ると思うよ。近くに湖もあるんだ。」


「う、うん。楽しみ。」


とりあえず、適当に答えると、お姉ちゃんは、満足そうに微笑んだ。


「す、すみません。勝手に決めてしまって。」


それまで黙っていた柊君が、まだ口を開けたままのお父さんに頭を下げた。


「いや。柊君が、謝ることじゃないよ。どうせ、果林が、勝手に決めたことだろう。君には、本当に迷惑をかけるね。君のご両親の方は、大丈夫かい?」


柊君の言葉に覚醒したお父さんは、逆に申し訳なさそうに言った。


「ええ。ちょっと、驚いてましたけど、大丈夫です。」


「ホント。こういうことは、ちゃんと話しておかないとダメよ。」


お母さんもお姉ちゃんをたしなめたけれど、なんだかんだで、両親は、お姉ちゃんに甘い。


「じゃあ、出発は、来月の頭です。これで、私も六月の花嫁ね。」


決まったとばかりにお姉ちゃんが、拍手した。










真っ白のウエディングドレスを着たお姉ちゃんは、今まで見た中で一番綺麗だった。


イタリアの、しかもかなり田舎で行われた式に日本からの出席者は、ほとんどいなかった。


こじんまりとした内輪の式になると思いきや、パーティーには、人が溢れていた。


よく見ると、ほとんど見たこともないイタリア人ばかり。


それもそのはず、近所の人たちが、参加していたのだ。


皆酔っ払って歌ったり踊ったりしていた。


お母さんもお父さんもイタリア語も喋れないくせに楽しそうに談笑に参加していた。


遠くには、寄り添うように立っているお姉ちゃんと柊君の姿が、見えた。


いたたまれなくなった私は、その場を逃げるように離れた。


走って走って。


いつの間にか、お城の中に入り込んでしまった私は、気が付くと迷子になっていた。


なんとか、見つけた蝋燭に床に落ちていたマッチで火をつけると、私は、辺りを見回した。


私がいるのは、大きな広間のような部屋だった。


ふと何かの気配を感じたので、振り向くと、後ろの壁に大きなキルトが、飾られていた。


模様は、一面に広がる色とりどりの花。


「マンジャーレ・カンターレ・アモーレ!」


遠くで声が聞こえた。


多分、パーティー会場で誰かがさけんでいるのだろう。


結婚式で何度も耳にした愉快な祝福の言葉を私もなんとなく口ずさむ。


意味は、食べて歌って恋をして。


「マンジャーレ・カンターレ・アモーレ。」


その瞬間、目の前が、光に包まれた。


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