1話
鬱蒼と生い茂る木々は街を覆い、そこにはもはや以前の面影もなくって。
勝手知ったるはずの道はそれを覆い尽くす植物たちが踏み均されて獣道のようになっている。
探しものはさっきから一向に見つからない。
もう少し森に入れば見つかるだろうか。
あまり奥に行来すぎれば危険性は跳ね上がってしまう。
取り敢えず一度このしげみから出てーーーパチリと視線がかち合った。あ、ヤバイ。
思うより先に森の中に引き返す。
少し行ったところで木を背にして腰を下ろすと安堵から大きなため息をもらした。
「びっくりしたー。何で森の近くにおったっちゃろ、あの人。プレイヤーでもないのに。忠告した方が良かったかなぁ。」
多分私とそう年の変わらない<一般人>の女の子だった。
以前ならばお互い気にも留めなかったただの他者。
けれど、あの日以来、私達<プレイヤー>と彼女達<一般人>の線引きは強い。
<プレイヤー>人口の高い都会の方ならば幾分かマシらしいけど、<プレイヤー>が少数のこんな田舎では私達の立場は弱い。
このあたりではまだ表立った対立はないが、それも時間の問題だと結さんも言っていたし。
せめて、その冷たい目が私達<プレイヤー>にだけ及ぶのであればもう少し踏ん切りもついたのに。
重たい問題に頭を悩ませているとフレンドチャットのコールがかかった。
[みー?素材集め終わったー?]
「あともうちょい。ワイルドツリーが見当たんなくってさー。移動してたら一般人と遭遇したから急いで逃げたところ。」
[え、大丈夫?なんかされた?]
「大丈夫。一人だったしビックリしてたから。余裕で逃げられた。」
[そう、なら良いけど。じゃあもうすぐ帰ってくるの?]
「その予定。」
[了解。店長さんに伝えとくわ。じゃあねー。]
「はーい。」
休んでいる場合じゃない。
まだ目的のものは手に入れられていないのだ。
そろそろ来た道を引き返せばやつらも湧いているはずだし、などと考えながら茂みを突っ切ると遭遇。
何ここの茂み、歩けば絶対エンカウント?某紅白ボールの携帯獣より遭遇率高いんじゃなかろうか。
「ってうわぁ・・・団体様だぁ。」
群れバトルは望んでない。
素材集めしてる側としては有難いけど数は時として暴力だ。
例えそれがどんなに格下であろうとも群れは対面すると相当怖い。
何せ何十もの目がいっせいにこちらを向くのだ。うん、怖い。
ただでさえ微妙に怖い顔していると言うのにその背丈は私のそれを優に越しているのだ。
ワイルドツリーはその名の通り木のモンスターだ。
森のなかの道に陣取って道を複雑にし、生き物を惑わせる。
そして疲れきった獲物をその立派な枝振りの腕で滅多打ちにし、その死骸を糧とする。
一体一体はそう強くない上に団体戦に向かないから倒すのは割りと簡単。
けど、あくまでそれは<プレイヤー>であることが前提だ。
戦えない<一般人>は対処を間違えば命を落とす。
ワイルドツリーたちは何かを囲むように群がっている。
さっきこちらに投げた視線も中央へ集中し、獲物を打ちのめそうと腕を振り上げていた。
けれど、あれだけの数が集まったら獲物が死ぬ確率は低いだろう。
獲物が疲れると一斉に群がるワイルドツリーは先程言ったように団体戦には向かない。
何故ならー
ドカドッタンベシッバシッ
集まりすぎると互いの大きな腕がぶつかり合って獲物へ届かなくなるから。
私も初めてこれを見たときは何で群れるん?とつっこんだ。
ちなみに、そのときの獲物であった狐のような生き物も悠々と下の隙間から逃げていった。
可愛い狐?を助けようとしたこちらとしてはかなり拍子抜けしたものだ。
つまり、もし戦えない<一般人>がワイルドツリーと遭遇しても姿勢を低くしてしばらくすれば簡単に逃げられる。
あんまりにも膠着状態が続くと、彼らは獲物そっちのけで同士討ちを始めるため注意も反れる。
ワイルドツリーの腕の威力は大人を昏倒させ、子供を吹っ飛ばす。
だが、その攻撃も当たらなければ意味はない。
何とも残念なモンスターである。
「もうちょい待てばいい感じに弱って止め差しやすくなるかな。これぞ漁夫の利?、はちょっと違うかねぇ」
一挙両得となるとは限らないし。
そろそろいい塩梅だろう。
獲物となった生き物には悪いが、こちらとしては彼らと戦わずにすんでラッキーである。
一撃でも入れておけば一定確率で素材が手に入るのだ。
これだけいれば必要分は優に手に入るのだろう。
方針が決まれば即行動。
獲物となった生物が何であるかわからない以上、上から下に落ちたり、一定範囲に効果のある攻撃は使えない。
あ、火事が怖いし火属性も駄目だわ。と、なれば。
対象:空気
状態:静止→流動
方向:進行方向斜め上へ
付加:回転
「[突風]!」
風の砲弾がワイルドツリーを蹂躙。
モンスターはHPが0になり、半透明の緑色のキューブにまで分解、消滅した。
ちなみにこのキューブ、モンスター属性によって色違いだ。
キューブが消えてワイルドツリーたちの獲物が見えた。
▼地面 で 少年 が 眠って いる !
ゲーム風にいってる場合じゃないわこれ。
取り敢えず近づいて怪我の有無を確認する。
額の怪我から言って、どうやら気絶しているようだ。
同年代くらいだろうか。服装的に<一般人>である。
だってこれ近所の高校の制服だ。
今日はどうやらよく年の近い人たちに会う日らしい。
<一般人>とあまり関わり合うのはなぁ・・・
悩んだ末に少年を森の外まで運ぶことにした。
と、いっても背は少年の方が高いので、どうやっても引きずる形になってしまうけど。
<プレイヤー>になったあの日から私の身体能力は格段に上がった。
それまでかけていた眼鏡はもはや必要無く、全力疾走しても中々疲れなくなった。
以前は目の前にいる人の顔すらボヤけ、体育館3周で息が切れていたのに。
お陰で同年代の男子を担いでもフラつかずにいられるのは現状とてもありがたい。
前の私だったら何度か落っことしていただろうし。
「ただいまー」
「お帰り、みー。大丈夫やった?」
「深七お帰りー」
「うん、大丈夫ー。ばあちゃんは?」
「お座敷におるよ。遅かったねぇ、そんなに木のお化け見つからんかったん?」
「や、ちょっと色々あってさ。ご飯食べながら話すよ。あとお母さん、ワイルドツリーだよ。お化けじゃなくって。」
「いいやん別にー」
「いいけどさ・・・」
実物の顔の怖さと名前がり合わないことこの上ない。
戦わないお母さんにはわかんないかもしれないけど。
「結さん、素材。」
「ほい、ありがとさん。これで取りかかれるよ。」
「こういうのってどんくらい時間かかるん?」
「んー水回りと住居スペース、必要最低限の家具だけなら明日一日がかりでやれば出来るよ。ところで名前決めた?」
「一応ね。」
「じゃあ晩御飯終わったら準備しよっか。」
「りょーかい。」
「深七、お祖母ちゃん呼んできてー」
「はーい。」
二階建ての一軒家。
住人はお母さん、ばあちゃん、結さん、私を含めて四人。
あの日までこの家はお母さんと私の二人暮らしだった。
ResonanceDisasterーーー日本語訳すれば共鳴災害、は丁度一月ほど前に突如として私達の日常に襲いかかった。
どうしてこんな事になったのかは今でも分からない。
日常は崩壊し、失われた命は数知れず、それは異常としか言いようがなかった。
これ以上はごちゃごちゃ言わずにこの事態を端的に説明しよう。
ゲーム世界が現実化した
至るところにモンスターが発生し、電気や水道は軒並みストップ。
電話は繋がらないのにネットは使える矛盾。
それだけに止まらず、ある人々ーーー後に<プレイヤー>と呼ばれる者達、の服装の変化、などなど異変を挙げればキリがない。
しかも、それほどの変化が起こるのにかかった時間は5分にも満たなかった。
ネット情報によれば変化の瞬間を見ていた人は未だ見つかっていないようだ。
それもそうだろう。
あの時はとても目と耳を開けていられるような状況ではなかった。
当時家から電車で一時間ほどかかる場所にある学校にいた私はその後、同じ方面に家があるクラスメイトの男子と共に線路をたどって地元へ戻った。
色々あって1週間ほどかかったものの、どうにか帰りついた時に大泣きしてしまったのは仕方のないことだったと思う。
何せその道中で見たくもなかったものを散々見るはめになったのだ。
お母さんとばあちゃんが生きていることは奇跡に思え、普段は信じてもいない神様に感謝した。
「それで、その男の子はどうしたと?」
「軽く手当てをして森から少し離れたところに置いてきたよ。地面に寝かせてすぐに誰か来たから慌てて森に逃げ込んだけど、同じ学校の生徒っぽかったから大丈夫だと思う。」
「助けたっちゃから逃げんでもよかろうに。」
「最近、プレイヤーへの風当たりが増しとるんよ。」
「何ね、自分らの食べ物取ってきてくれとるのもプレイヤーやろうに。」
「こればっかりはね・・・」
思わず結さんと苦い顔をしてしまう。
社会の混乱は物資の流通を止め、必然的に生活に必要な物をモンスターのドロップに頼らざるをえなくなった今、<プレイヤー>は重宝される一方で、その強すぎる力のために恐れられもする。
実際に、私と結さんは一度同じ場所でその被害を受け、それをきっかけに一緒に行動することになったのだ。
<一般人>に恐れを持つ理由が十分ある。
けれど、お母さんとばあちゃんはそうではないのだ。
認識の違いにこれからのことを考えると気が重くなった。
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キャラ紹介
木色 深七
性別:女性
職業:女子高生→魔道士
装備:大巫女の神器
創星の魔導士の服
泥棒イタチのブーツ
家族:母、祖母