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SS06 「怪獣現る」

 地響きと共に怪獣が山の向こうから姿を現した。

 五階建てのビルより高い体は溶岩のような皮膚で覆われている。頭部には数本の角があるはずだが、角度的に見えにくい。角から放電する時に生じる破裂音だけが聞こえてきた。

「プラズマを放射するぞ、撮っておけ」

 氷のように冷静で整った声で木場先輩は言った。その途端に怪獣の口から閃光が放たれた。体内で発電した電気を利用したプラズマだそうだ。抜けるような青空に赤みがかった光の筋が延びる光景は美しかった。

「あまり熱は感じませんね」

「熱は上方に移動するからな」

 実際、プラズマは上空を飛んでいた防衛軍の戦闘機に向けて発射されたものだった。

行くぞ、と先輩が言ったので、私はカメラを横に置き、ジープを発車させた。


 私、上山・衿子は巨大生物学・生物機能学を専攻する学生だ。同乗する男性はわが大学が誇る若き天才および問題児である木場・天道。声と同じく氷のように整った容姿と黒い髪の持ち主。怪獣研究の専門家として既に世界的に名を知られている人物であるが、怪獣なみに扱いにくい人物としても知られる。

 今日はデータ採取に向かっている。先輩の怪獣研究が他と異なるのは、徹底したフィールドワークに基づいていることだ。防衛軍と怪獣が戦っている真っ最中に乗り込んでいく先輩の行動を人はクレイジーだと言うが……私も同意見だ。

 鉄筋コンクリート製のビルの壁が発泡スチロールのように裂け、怪獣の尾が突き出した。爬虫類に似た形態が現実味をなくさせる。体長50mの生物なんているわけがない……その常識が脳の判断を狂わせるのだという。実際、テレビなどで見る怪獣の全体像は作り物めいて見える。だから、怪獣を理解するためには接近し、肉眼で観察しなければならない……それが先輩の持論だ。

 怪獣は建物を破壊しながら進む習性があるので上からは様々な破片が降り注いだ。幾ら既存の生物学からはかけ離れた存在であろうと物理的衝撃は本物だ。落下物を避けながらジープを走らせた。私が先輩のパートナーでいる理由はこの運転技術にあるので、ミスをするわけにはいかない。第一、死ぬのは嫌だ。ビルの上に設置されていた発泡酒の看板が落下し、それを避けた。片輪走行になりながらもバランスを立て直す。

「大丈夫ですか? 先輩」

 だが先輩は身動ぎもせずに上を見つめていた。私は黙ってジープを走らせた。

「待て。止まれ」

 先輩が口を開いた。この人、言葉の九割が命令だ。

「足型があった。記録するぞ」

 怪獣研究において足型の採取は重要だ。大体の体重がわかるだけでなく、体重移動の方法から筋肉の付き方や行動パターンの判断までできる。

 私はアスファルトの上に刻まれた足形にカメラを向けた。その時、爆発音と共に防衛軍の戦闘機が降りてきた。垂直離着陸機で着陸態勢をとっていたが、攻撃を受けたのか片翼のエンジンから煙を吐き出している。銀と赤色の機体は怪獣攻撃専門の特殊チームのものだ。

 すぐ近くに不時着した戦闘機から若い男性隊員が降りた。ヘルメットを外した顔は先輩と逆の方向のハンサム。眉の先までバタ臭い。男は怪獣を憎憎しげに見つめると胸ポケットに手を伸ばした。

「おい、あのアイツを止めろ」

「え? 何故ですか?」

「アイツに出てこられると困る。……しばらく動けなくするだけでいい」

「そんなこと言ったって……」

 言い争っていると、向こうのほうが私達に気付いた。

「君達、ここは危ないぞ。早く避難を……あ、木場じゃないか」

 ……知り合いですか? と私は先輩に尋ねたが無視された。

「また、危ないことしているんだろう。駄目だって何度言えばわかるんだ」

 隊員はこちらに走ってきた。先輩は無言で私に指図した。

「ごめんなさい!」

 私は隊員を投げ飛ばした。そのついでに腰にあった光線銃も抜き取る。

「な、何するんだ」

「ごめんなさい。動かないでいてくれますか?」

 光線銃を突きつけながら言った。完璧な犯罪行為だ、と頭の片隅で思う。

「木場、やめさせろ! こんなことしていいと思っているのか」

 先輩は小さく鼻で笑うと隊員の胸ポケットから何かを抜き取った。

 それはペンシル型の銀色の物体だった。先輩はそれをしげしげと眺めた。

「興味はあるな……まあ、いい」

 先輩はそれを投げ捨てた。隊員が悲鳴を上げる。

「そいつを足止めしていろ。邪魔をさせるな」

そう言って先輩は私に背を向けた。

「自分が何をしているかわかっているのか。早く怪獣を倒さなければいけないんだぞ。」

 ……わかっている。

「木場は危険だ。アイツの言うことを聞いちゃいけない」

 ……わかっている。だから、防衛軍諜報部から監視役として私が派遣されているのだ。

 掴みかかろうとしたので、ショックモードで撃って気絶させた。


 先輩を見つめた。子供のように一心不乱に怪獣を眺める後姿を。そんな時に彼がどんな眼をしているか、私は知っている。私も怪獣を見つめた。


 私のライバルはかなり大きい。


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