1件目 天使と悪魔?
小遣い貯めて買った二十四型ワイドテレビから陳腐な歌が鳴り響く。
今日も我が国のお偉様方は、お仲間さんの汚職問題にお熱の様だ。
「んな事良いから、仕事しろよ」
テレビと喋れるタイプの人間だった。
昼飯の特製、冷や飯炒飯がフワフワと湯気をあげる。んー、香ばしい醤油の香りと湯気が、眼鏡を曇らせ、前がみえないぞー。
まぁなんだ。味付けをし直したこいつは、おそらく今年一番、最高の出来だ。
テレビの方は未だに討論の真っ最中。持論を語る某大学の先生様も、どこぞの党の政治家様も、好き放題言っては、ドヤ顔をするだけ。
これが所謂一つの水掛け論ってやつか?
自分に酔ってる様な奴もいる、フワフワすんな!
そんなに物申せるなら、国会議事堂行って直談判すりゃ良いじゃねえか!
なーんて、思うのは俺だけ? え、俺が行って来いと? 俺にはそんな度胸なんかないですよ。……すいません。
いやいや、国家権力なめんなよ! 一般人が勝てるわけないだろ、他所でやれ。
テレビから流れる政治かの声が荒ぶってきた。
(ですから私は――であって、――――思うわけでして――――)
「それにしたって、この世界は汚いな。上の奴程、汚職に天下り……堕ちて来易い、アホらしい」
あーそういや、今日は上から降ってくる奴来ないな。何がって、そりゃまぁ。……知らない方が良くなくない?
そんな事より最近さ、テレビと会話出来て、やっと一人前の大人だと思うんだよ。 だって年取った人の六割位はするだろ? 異論は、まぁ認めるよ。
いやいや、そんな事どうでも良かったわ! 今は俺特製、特盛冷や飯炒飯を食べる方が先決だった! フワフワっとしてパラパラっと米が崩れる状態が食べ頃なんだ。
世の中の政治がどうとか、景気がどうとか知ったこっちゃない。
今この瞬間、この一瞬が幸せなら本望さ――所詮食欲に勝るものなし。
食器に雑だけどガッと炒飯を移して、大き目スプーン持って、溢れる位すくってパクリ! 口の中で屠れる米と卵。塩見と湖沼が刻んだ肉と相まって、刻み葱が引き締める。
そんな感じで五分間、口をはふはふさせて平らげた。
いやぁ、最近の冷凍物とフライパンの二大タッグは、やはり格が違った。
一年ぶりのチャーハンごっそさん。
「それにしても、なんとまぁ。……今日も平和だ、糞つまらん。」
蝉時雨が猛威を振るう。既に太陽が真上まで登り始めていた。
じわっと額と背中に汗が伝う。
俺、春日井惠太十六歳の休日という名の日常は、何時も通り、ミリ単位も変わらずに動いている。
夢の高校生、夢の共学、夢の彼女。……は、夢のまた夢。
出会いなんかありゃしない。いや、正確には有ったが、あれはノーカンだ。
今日も部活サボって家でスポンジ片手に食器洗っる。油汚れも何のその!
(春日井惠太ー!)
どっからか聞き覚えのある怒声が聞こえたが、知らん。
そもそも、あの人がここにいる訳がない。
フライパンに付いた焦げは、意外に落ちにくいのだ。
ゴシゴシ……こいつぁ固いなと思っていると、玄関の方からドカドカと足音が近づいてきた。
まずいな――どうやら不法侵入者が来たようだ。
いや、侵入してる時点で来たとは言わないか?
途端、リビングの扉が吹っ飛ぶ様に開かれた。
「春日井惠太! 貴方と言う人は協調性とか客観性とか、自主性とか、積極性とか、そういのが無いのかしら? 馬鹿なの? 死んで頂戴。今すぐに。三秒以内に、Do it right now. さぁ早くしなさい。遺言は五文字以内なら受け付けるわ。あら、三秒ってあっという間ね、さぁ早く」
ゴシゴシ……どうやら目が悪くなった訳では無いらしい。
不法侵入者は悪びれる様子も無く、小気味良いリズムで俺に死ねとのたまった。
「あの、ミク先輩? 完っ全に不法侵入だし、器物破損だし、恐喝罪だし、人権侵害もろもろで即逮捕だと思うんですけどね。というか入ってくるなりいきなり死ねって言うのはどうかと思うんですよ。ほんと、言葉使いさえまともならただの美人なのに勿体無い」
どうやら先程の怒声は聞き間違いでは無かったようだ。
これは困った、フライパンの焦げ取りだけでもうんざりなのに、もっと頑固な人が来た。
最近やたらと絡んできては「死ね」を連呼する先輩、立花未来、通称ミク先輩。
せっかくの整った顔立ちが台無しの口の悪さだ。
それとも何か、口の悪さでバランス保ってるのか?
それに何故休日に制服のブレザーを着ているのか。
「黙りなさい。なんなら私がこの美しい腕でその息の根を絶ってあげるから、そこに正座して土下座なさい。もしくは醜いその男根の息の根も絶ってあげるから請い願いなさい」
「誰がそんな事するもんですか。死んでも御免だね。せめて休日くらい自由にさせて貰えないですかね。平日ちゃんと学生しているでしょうに。週休二日くらい守ってください」
目の前の女性の表情は、もはや恨みを孕んだ般若のそれだ。
あーピクピクってしてる。上下動しすぎて眉毛が今にも消えそうだ。
黒髪を書き上げて、青いチェックのネクタイが揺れ、仰々しく言い放つ。
「今日は私と《御社》に行くと決めたでしょ。午前十時に日向野公園の猫八銅像の前で待ち合わせと知らせていたのに、なぜ来ないのかしら。女性からの、ましてや私からの誘いなんて願ってもあげないんだから、素直に受けるものよ? なぜ冷凍食品の炒飯などと言う、お手軽調理食材を作って悦に浸っているのかしら。顔が気持ち悪いわ、触りたくもない、死になさい」
画になるな。
って、おいおい、冗談じゃない。
なんでヒステリックにそんな事言われにゃならんのだ。
なんでこっちから、好き好んであんな糞面倒な場所に行かなきゃなんないんだ。
それになんだ、聞いてりゃ勝手な理由で今にも殺されそうだ。
「いや、ちょっと待てミク先輩。連絡って下駄箱に入れてた手紙がそうだと言ってるのか? あんな新聞の切り抜きで待ち合わせの連絡を何通も置かれたら迷惑この上ないでしょ。あれは俺の知る限り《犯行予告》とか呼ばれる代物でしたよ。それに俺はもう御社に行くのは御免だと何度も」
言い切る前に口を挟まれる。
「そう言う訳にはいかないわ。私や貴方の様な《時計》を見た者は必ず狙われる。終りを迎える前に、何としても戦って止めなければならないと先日も教えたはずよ。それとも何? 今から死ぬつもりなのかしら?」
いや、いきなり巻き込んでおいてそれはないだろう。
だいたい、あの時計みたいなのを見てから、俺の日常生活は不幸極まりなかった。
「言ってるでしょ。この糞つまらん平和こそが俺の生きがい、人生そのもの。This is my life. 炒飯ナウなんですよ。そっとしといて下さいと何度言えば」
「春日井惠太、一言いいかしら」
それまでのヒステリックはどこへやら。
急に落ち着いた雰囲気で聞いてくる。
なんだ? 真面目な話ならそう言ってくれれば此方も相応の対応をするのに。
「なんですか」
長い黒髪が左右に揺れる。
「今時何何ナウ! とかって古くないかしら? 使っている人いるの? おそらく死語よ、それ。それに炒飯はもう食べ終えているのだから、この場合は食器洗いナウ! ではなくて?」
「うっさい! 古き良き時代素晴らしいじゃないか!! 冷静に突っ込んで来ないでくださ――」
ドガーン! という突然の爆音と共に、そいつは現れた。
人が信仰する存在、助けを求める存在、神の使徒、光の使者、エトセトラ、etc.
俗に言う二枚の純白の翼を持った《天使》と呼ばれる奴が一匹、俺の家の庭に舞い降りた。
音に合わせるなら、あれか。落ちてきたが正解だな。
世界が全てモノクロになり、空に大きな時計が表示される。
「予想以上に早く来たわね。春日井惠太、早くあいつを倒して時計を止めるわよ」
「おいおいおい! またかよ……ほんと勘弁してくれ。停止世界から戻っても庭の穴埋めるのはこっちの仕事になるんだぞ? 聞いてんのかこらバカ天使! 翼あんならせめてゆっくり降りて来い」
キリキリキリ……剣先が二股に分かれた剣を構えた、不格好で不気味な天使は、能面みたいな顔を回してこちらを見据える。
天使とか言ってるけど、これ本当にそうなのか? 気持ち悪いぞ。
この前の奴もそうだが、こんな物有り難がるなんて、どうかしてるだろ。
汚職しまくってる政治家のがまだ可愛らしく見える。
「先手必勝ね。先に切り込むからお願いするわ。」
「おい! だから俺は――」
またも話を聞かずにミク先輩は一歩踏み込む。
『ご飯の時間よ、ヘカトンケイル!』
言葉と共に、時間の停止したモノクロの世界に、そいつは出現する。
銀色の柄に燃える様な赤を纏った、先輩の背丈以上の剛鎚ヘカトンケイル。
見た目だけで言えば、超大型のスレッジハンマーか。
「さぁ、気持ち悪いから早く潰して、《クロノスの時計》を止めるわよ」
キリキリキリ……敵と認識したのか、剣を構えて天使が突っ込んできた。
(やばい! 逃げないと!!)
何からだって!? 決まっている。
先 輩 か ら だ よ ! ! !
天使の剣劇を柄で受け切る先輩。
「汚らわしい、嘆かわしい。そんな風貌で天使だなどと。光栄に思いなさい。私がこの美しい武器で、塵も残さぬ様に磨り潰してあげる。さぁ、死になさい。今すぐに、at once!」
剣劇を上体を捻ってかわし、その勢いで振りぬかれたヘカトンケイルに、天使は腰を撃ち抜かれ盛大にぶっ飛んだ。
「容赦ねえな。あれが自分じゃなくてほっとした」
剛鎚の効果範囲内だと巻き込まれる。それは前回学習した。
あんなもの、二度もくらってたまるか。
先輩は吹っ飛んだのを確認して、ヘカトンケイルを担ぎこちらへ向かってくる。
「全く、空気も雰囲気も有ったものではないわね。汚らわしい天使」
「やー。まぁとりあえずヘカトンケイル仕舞ってくれません? 怖いんですけど」
「冗談でしょ? まだ止めを刺していないし、いつまた襲われるか」
ちょい待ち! 後ろ!!
先輩も反応したが、振り向くのが間に合わない。
さっきぶっ飛んでった天使が目前まで迫ってきている。
このままじゃやばい――
『ヘーパイストス!』
腕に一本の銀色の柄に青い刃が付いた槍が出現する。
俺は叫ぶと同時に先輩を引っ張り、後ろに下がらせる。
先輩を非難させると、軌道上にいた俺の眼鏡目がけて剣が飛んできた。
「くっそがあああ! 燃えやがれ!」
間一髪で避けた事で、眼鏡が割れたが、この際気にしてらんねぇ。
柄の部分で相手の胴を叩き、離れたところを刃で一閃――
キリキリキリ……槍が刺さった天使から、青い炎が巻き上がる。
「さっさと消えなさい。気持ち悪いわ」
先輩のヘカトンケイルがダメ押しで地面にめり込んだ。
あの、それ直すの俺なんだけど? なんて事してくれんだこの人は……。
モノクロだった世界が色を戻し、空に浮かんだ大きな時計は止まって消えた。
停止空間と呼ばれる世界が解けて、日常に戻った証。
武器は停止空間でしか使えない、なので跡形もなくどこかへ消えた。
「また助けられるとはね。ありがとう、春日井惠太」
そういって右手を差し出してくるミク先輩。
美人顔が笑顔を向けてこちらを見つめてくる。
ほんと、あの日から良い様に使われてる気がしてならん。
「今後も、時計を止める活動に協力してくれる事を期待するわ。私からの願いよ、泣いて喜ぶがいいわよ」
これだよ。
せめて、まともな頼み方なら考えるのに、相変わらずの言葉だった。
「死んでも御免ですよ。面倒くさい」
あ、青筋たってる……美人顔が台無しだぞー。
「あーそう。ならば今すぐ死になさい。いや、塵となれ」
振りぬかれた右足ローキックを避けて、ちらっ。
躱した勢いで、割れた眼鏡を拾う。
あああ、また買い直す必要が出来るとは……パソコン用伊達眼鏡も楽じゃねえな。
「何故避けるのかしら! ちゃんと当たらないと死ねないでしょう?」
「誰が当たるか! 縞パン」
「わかった。もういい喋る必要はないわ。磨り潰して磨り潰して磨り潰してミンチ肉に変えてやるわ」
引き攣った先輩の笑顔は、もはや猟奇殺人者だった。悪魔に見える。
五キロ程、追い掛け回された結果、左頬献上と抹茶ソフトクリームにて許して貰った。
帰って庭を埋めなおさないといけないのだが、立ち直れない。
めっちゃ痛い。財布も痛い。やっぱあれ以来最悪だわ、俺の人生。
俺の平和で糞つまらん日常は、あの日。
三日前の夕方、この先輩に出会ってから崩れ去った。
思いついたのをちらっと。
もう一作あるので、更新がランダムになりそうですが。
今日の夕飯がお寿司だったのですが、サーモンオンリーってどうなんだ・・・。
とりあえず頑張ります。