ぐらいだぁ
「ぐらいだぁ」
学習塾専用のカバンをもって、テクテクと塾への道をたどっていく。
本当は四時のこの時間帯は友達と遊んでいたいと、小学生の僕は思う。
住宅地を抜けて、目抜き通りを歩いていく。
町の目抜き通りの名前はタンポポ通りと名前がつけられているけれど、春になっても花壇にタンポポなど咲いていない。
僕はそんなささいなことを問題にしたいわけじゃない。
学習塾には僕と同い年の奴らがたくさんいる。
けれど親しく話したこともない。
なぜかしらみんなの目は血走ってて、話しかけるどころじゃないのだもの。
「おぼっちゃん、そこのおぼっちゃん」
僕は呼び止められて、振り向いた。数人のそばを歩いていた塾の生徒も同じように振り向いた。
「このスカイグライダーを見てごらん」
エイの形をした大きなスカイグライダーをホームレスっぽいおじいさんは取り出して、僕たちに見せてくれた。
わぁと僕たちは老人を取り巻いて、いろんな色をした鮮やかなアメリカ製の凧を見守った。僕もその一人だ。
「風の強い日にはこのグライダーを飛ばすと気持ちがよいよ、このグライダーひとつが二百円なら、ぼっちゃんがたにもお金が出せるだろう?」
二、三人の子がポケットからお金を出して、グライダーを買っていった。
僕はお金が無くて、一人ポツンとおじいさんの前に残って、突っ立っていた。
「おぼっちゃんはほしくないのかい?」
「ほしいけど、お金がないんだもの」
おじいさんはにっこり笑ってまっ黄色の、翼の部分に目玉のついたグライダーを取り出した。
「それじゃあこれはプレゼントだ」
僕はそれを受け取って有頂天になった。
「だけどおぼっちゃん、これは飛ばすグライダーじゃなくて、乗るグライダーだからね」
おじいさんはそう言って、ビュンと風吹くなか、残ったグライダーに飛び乗って飛んでいってしまった。
僕もグライダーにまたがってビュンと風に乗って空へ駆け上がっていった。
学習塾の窓から驚く子供達の顔を見て、僕はすっかり得意げな気持ちになった。
けれどグライダーは降りる気配もなく、僕を乗せたまま飛びつつける。このまま海を越えて、知らない町まで飛んでいこう。
僕は学習塾のカバンを放って、雲の間を擦り抜けていった。
ママにもパパにも内緒だけど、僕はもう家には帰らないよ。