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絶滅危惧種、ぼく。

作者: 休憩所

 宇宙漂浪船はいつだって賑やかだ。

乗り組み員の数は常に300を超えるし、昼飯時に並ぶご飯の量は例えるならば世界中で行われる宴会の食事を全て一か所に集めた量にほぼ等しい。と、思う。ここで言う世界中というのは“青の地球”でのことで、

「おい! サイッ! 何呑気に日記なんか書いてるんだ。早く手伝え!」

カチカチと調子づいていた僕の手を止めたのは、友であり、また、親であるキルマッェルの少しだけ苛立った声だった。

キルマッェルは、人間ではない。というか、人間という生き物は僕以外にこの銀河にはいないらしい。らしいというのは僕が見たことがないからだが、恐らく僕が最後の“人間”だ。

話をキルマッェルに戻そう。彼はそう、人間ではない。彼の母星は宇宙の最北端の小さな惑星らしいがこの母星の話は毎回違うので信憑性は薄い。彼は、僕の親だといったが正確には育ての親だ。産みの親は不明。その辺りはまた別の機会に記すとして、そうキルマッェルのことだ。

 キルマッェルの容姿は限りなく僕に近い。黄色の髪に、金色の瞳、高すぎる鼻先と少し尖った耳の先には数個のピアスが輝いている。身長は地球風に記すと185cmぐらいで、僕より20cmぐらい頭が高いところにある。彼自身は自分は銀河中の全ての生き物を並べたとしたら自分は平凡すぎて例えば宇宙に漂う小さな石ころを特定するぐらい存在は薄れる、といつも言っているが僕自身の感覚から言うと彼の頭から生えている触覚は彼が彼である存在の証明に十分なるのではといつも思っている。

「キルマッェル、これは日記じゃないよ。きちっとした、論文だ。」

 パソコンの電源を切りながら振り返ると、キルマッェルは両手にバケツ、背中にたすき掛けした紐に箒やはたき、モップに掃除機を装着している。黄色の髪は布でまとめあげ、目は少しだけ吊り上っているのだが何故か頭からすっぽり水を被っている。

 水・・・なのかは謎だが、とりあえずキルマッェルは全身緑に染まっている。その惨劇を目にした僕は小さくため息を吐き出してキルマッェルのバケツひとつとモップを抜き通りその隣に立った。

「キル、僕思うんだけど、掃除ぐらいまともに出来ないの? 今日は一体どうしたんです。」

 隣に立った僕を見下ろしながらキルは居心地悪そうに頬をかいた。

「いやぁ、今日はなかなかに調子よかったんだぜ? けど、ほら・・・ちょっと棚にぶちあたったらそこに置いあったビンからこれが。」

 キルはそう言って自身の身にべとりと張り付いている緑の水、もとい物体を手ですくい僕の手の上にぼとりと落とした。

「うわっ。・・・これ・・・一体なんですか?」

 手の中でねとりとまとわる物体を訝しみながら尋ねると、キルはそっぽを向いて口笛まで吹いてみせた。

「・・・キル、お前どこでこれを・・・その、ぶちまけたんだよ?」

 キルの額に輝く薄い汗、瞳はあちらこちらを彷徨い節操がない。こういう反応を示す時には決まって何かまずいことをしでかした時なのだ。思わず敬語を使うのも忘れてそう問い詰めてやれば、僕と後ろのパソコンを交互に見てからため息を吐き出し、キッチン、と弱弱しく告げられた。


 その回答にキルはもう一度あぁ、どうしようと床に蹲ってしまったが僕はもっと嘆きたい気分だった。よりにもよって、キッチン。キッチンといえばあの人の根城だ。彼女は自分の根城を汚されることを最も嫌う。

 それに、このねとねとする緑の物体、キッチンにあったとすれば恐らくこれは食材なのだ。

「き、キルマッェルさん? その・・・せめて片付けては来たんだよな?」

 彼女の貴重な食材を台無しにしたうえに、そこを片付けなかったら彼女からの制裁は計り知れない。恐らく骨の一片も残さず調理されてしまうはずだ。

 

「いや、その・・・。」

 嘆き続けていたキルが、またも所帯なさげに瞳を揺らす。ジーザス!! 僕は思わず天を仰いだ。

 そして部屋に備え付けの時計を振り返る。朝の調理開始時刻まで半刻といったところだ。僕は素早くキルの横を通り過ぎて彼の手を取った。


全てはそう、これが間に合うかにかかっている。


 宇宙漂浪船は、その名の通り常に宇宙を当てもなく漂う船だ。ふわふわと宇宙を漂浪し、時たま近くの惑星で食料などを調達し、またそこを旅立つ。その降り立った場所が気に入れば、乗員は船長に話さえすれば自由に船を降りることが出来る。その逆もまた然りで乗りたいという意思があれば漂浪船は拒みはしない。

 ようするに、この船の方針は来る者拒まず去る者追わず。そいつが天下の大犯罪者だろうが一文無しだろうが子供だろうが、その背景に何があっても追及しない。

 ただ、ひとつだけ乗る時に条件が出される。それが、何かしらの仕事をすること、というものだ。その低すぎる条件で、漂浪船には様々な待遇の者が乗り込んでいる。例えば、純粋な冒険心から、ある者は何かしらの使命を帯びて、そして残りの大半がこの船を所謂タクシー代わりに利用している。

 目的の場所がマイナーなら着く可能性は低いがポピュラーな星なら割と漂着する確率が高い。だいたい地球の感覚で2、3年もすれば高確率で目的の場所に着けるという計算になる。

 急いでいない者、また旅行費の節約をしたい変わり者がこの船でのんびり目的の場所を目指すのである。


 まぁ、そんな変わった奴らが8割を占めているので乗員はひっきりなしに変化する。昨日までのルームメイトが今日はまた別の惑星の別の種族になったとしても何ら可笑しなことはないのだ。


 そんな変わった船、目的も何もなくただ宇宙を漂う船にも常に乗っている乗員はいる。彼らは一様に変わっているのだが、その中の一人が今行こうとしている場所の女王なのである。


**

「・・・うわぁ・・・これはひどいな。」

 キッチンの扉を開けてすぐそこに広がった光景、その予想以上の悲惨な惨状に思わず声を漏らしてしまった。縦30メートル、横60メートルの広めのキッチンには銀色の磨かれた無数の棚が陳列しており、冷凍する必要がないような調味料類が所せましと置かれていた。その中には明らかに食べてはいけないような黄色や緑、オレンジや黄土色、発光しているものや、何やら色を常に変えているものまである。

 これが調味料だとすると、つまりいつもの食事にもこれが入っていたりするのだろうか? 

 近くにあった目線のビンを覗き込むように見ると、そこにはどくどくと脈打つ明らかに生物であろう物体がでろでろの茶色の液体の中にびっしりと詰まっていた。

 ・・・。

 とりあえず、見なかったことにしよう。

そう、今はこの部屋に来た目的を果たさないといけない。緑の物体が床に散ばっている箇所に目をやった。

部屋に入った瞬間に目撃した、あの悲惨な光景だ。

 そこには緑のデロッとした物体が円を描くように周囲に広がり、割れたビンの破片がその中にところどころ埋まっている。

 さらに円から延長するように延びる緑の液体が四方に飛び散り、銀の棚の下に潜るように見えないところまでそれが及んでいるだろうことが分かった。

 さらに、その周りのビンが割れたり、近くにあったフライパンやら鍋やらが床に散ばり、やはりどれも緑の液体によって汚されている。

「これは…まずいな…。」

早く片付けてしまわないと、彼女に殺されてしまう。

思っていた以上の惨状に改めて手の中のモップを握りしめて、いつもよりも口数が少ない友人であり親を振り返った。

「おい、キル、これ、早く片付けない、と・・・」

そして完全に振り返った瞬間、僕の短い人生がこれで終わるようなそんな気がした。

「キルマッェル君に、サイレンツェンカリ君? これ、どういうことなのかな? 」

 そこにいたのは、この城の主であり絶対の支配者、ウロン食事長その人である。

 ウロン食事長は、この宇宙漂浪船の数少ない古株である。その声音はふわふわとした少女そのもので、耳に心地よいソプラノ声だ。語ることばは常にひらがなに聞こえるほど舌ったらず。その見た目も少女そのもので、黒の髪に緑の瞳、まるい鼻先に唇は薄い桃のような色をしており、まさに可憐な少女そのものだ。

 服装も、所謂メイド服を着用しており色は黒と白のスタンダードなものをチョイスしてはいるがその幼い顔と相まって異様な雰囲気を醸し出している。

 メイド、というと主に中世イギリス(特にヴィクトリア朝)の時代に広く普及されていた家事使用人のことをいうのだが、恐らく彼女が着ている服装のデザインからして彼女がリスペクトしているであろう文化は日本の2000年辺りから流行しだした、所謂“萌え”の心を重視したそれである。

 どう考えても不必要であろう箇所にまでフリルがついており、あの頃の日本でもそんなに派手ではなかったと思えるほどにフリッフリッだ。

 やはり、時代が変わり、人を伝えばだいぶ脚色されるらしい。そこまでいくとメイド服というより、どちらかというとドレスだと思う。

 それはさておき、そう、ウロン食事長についてだ。

彼女の見た目の年齢は、先にも述べたとおり幼女というべき年齢に見える。多く見積もりだいたい7歳、率直に言うなら5歳といったところである。

 しかし、彼女の年齢はその年齢を遥かに凌ぎ僕やキルマッェルすら凌ぐ。彼女はこの船の中で最年長なのである。数え年で、200万歳というご高齢の立派な淑女なのだ。

 というわけで、見た目は餓鬼であってもその頭の中にはそれだけの知識もあり、そして悪知恵も働く正真正銘の喰えないばぁちゃん、それがウロン食事長なのである。

「ウロン、食事長・・・。」

 思わず半歩後さずりながら、なんとかこの状況から脱出できないものかと辺りを視線だけで伺ってみたが、結局失敗に終わってしまった。

 ウロン食事長の傍らで、涙目のキルマッェルが僕に視線で助けを求めてきているように感じたが残念ながら僕にそんな余裕はない。というより、今回はキル自身の失態なのだから僕まで巻き込まれる謂れはない。

しかし、この状況では彼女にそれを理解してはもらえないだろうと僕はモップの先を見つめながら何とか弁解できないものかと意を決して顔を上げた。

「おはようございます、ウロン食事長! 今日も外は暗いですね。恒星を最後に見たのはいつだったか、そろそろ自然の光が恋しいですよねぇ。」

 あくまで自然に見えるように気を配りながら、なるべくいつも通りの会話を仕掛けてみた。もちろん、笑顔を絶やさず僕は彼女の眼から視線を逸らさず後ろめたい事はないんですと分かるように語尾に「ははは!」と何故かアメリカンチックな笑いまでつけてみた。

「あはは! サイくんおはよう! きょうはいやにげんきなんだね? いいことだよねぇ。ところで、これはいったいどういうことなのかな?」

 にこやかな笑顔を絶やすことなく、ウロン食事長は惨状を指さしながらそう僕に問いかけてきた。彼女の傍らに控えているキルがこちらに視線で何かを訴えてきている。その瞳は水分で十分に潤み、口元は情けなく下方に下がってしまっている。

 その表情はさながら最終判決を待つ囚人のようであった。まさに見るもの全てがそれに同情してしまうほどにその表情は儚げで、どこか守ってあげたくなるような何かがある。あるが…。

「えっと・・・。」

 キルの顔と彼女の満面の可愛らしい笑顔を見比べてから僕は内心でキルに謝った。

 誰もが守ってあげたくなるような、この世の終わりを告げられた生物のような絶望的な表情のキルには悪いが残念ながら僕は僕の命が惜しい。

「キルが、朝の清掃の時にやらかしました。」

「ちょっ!!!」

 ウロン食事長の隣で小さく悲鳴を上げたキルが、僕を涙目で睨む。それを軽く受け流し、僕はいそいそとモップで緑で汚れた部分を掃除した。ガラスの破片に当たれば、丁寧に抜き取り銀の棚の中に入り込んでいる液体もザっと拭いさる。周囲の割れたガラスを持っていたバケツに乱雑に入れて彼女を見やった。

「あの、えっと・・・。彼も、その反省してると思うんで・・・な?」

 そこでキルマッェルに視線をやれば、彼は首が取れるのではと思うほどブンブンと首を振って肯定し、口を開いた。

「もちろんですよ! その、こ、ここも後できっちりと清掃しとくし・・・あと、次ダマイレス星に寄ることがあれば、俺が責任持って弁償するし!」

 顔中から汗を噴出しながら、彼は手を振りながら必死に弁解した。その必死の弁解に、腕を組みながら黙って聞いていた食事長はひときわ大きなため息を吐き出したあと、小さな額に眉間に皺を寄らせながら僕らに最終審判を下した。

「・・・。しかたないからゆるしてあげる。でも、ばつとしてあんたたち、きょうのあさごはんはなし。キルは、やくそくわすれんなよ。」

 そう言ってウロン食事長はプリプリ怒りながらキッチンの奥へと消えていった。


やがて厨房内に大きなブザー音が響き渡り、大勢の補助コックの乗員がどこからともなくわらわらと集まりだしたところで僕らは漸く我に返って、彼らの邪魔をしないようにこっそりと彼女の城を抜け出した。


**


「ひどい目にあった・・・。」

「まったくだ。」

そう続いたキルの台詞に若干頭にきたのだが、それは彼と付き合っていくうえで譲歩しなければいけないところだしとため息をついてからモップを握りなおす。

「キル、ところで挨拶は済ませたの? 僕まだだから、まだなら今から行きません?」

キルは、両手を頭の後ろに手を組むように回して暫く考えを巡らすように目を右から左へと動かしやがてぽつりと呟いた。

「あ、そういえばまだだった。」

それなら話は早いと、僕らは同時に方向転換して船首のほうに体を向けた。


 宇宙漂浪船について、先にも説明したがひとつだけ僕ら乗員にかせられた義務のような物を記し忘れていた。義務、というよりはむしろ習慣に近いものがあるのだがその義務というのがこの船の船長に挨拶に行くというものなのである。挨拶は、朝と夕方若しくは就寝前の二回がルールで決められている。この時の挨拶は、本当に何でも構わないものだ。

 船長はこの挨拶によって、乗員の欠員や健康状態、また意思を確認しているらしい。「ここで降ろして欲しい」だとか、「昨日からお世話になっていて、○○まで行きたいので、よろしくお願いします」だとか、「この仕事は嫌なので、これに変えてもいいか」だとか、この席で話す話題は人によって違う。

 しかし、船長のいう通り確かにこの制度は船長とただの乗員をつなぐための大切な架け橋になっているらしいことは確かである。

 だからこそ、乗員はこのルールを必ず守る。船長がどのような人なのか、次の予定地はどこなのか、備蓄されている食料はどの程度なのか、それら全てがこの席で聞いたり、情報として得ることが可能なのである。

 それは僕ら一般の乗り組み員にとってはとても重要な情報であり、全てが開示されている安心感は僕らに精神的に快適な漂浪生活を与えてくれる。全銀河を探しても、これだけ自由で快適で且つ冒険心を刺激してくれる船はないのではないかと思えるほどの素敵な船、それが宇宙漂浪船だ。

 話を元に戻そう。つまり、僕らはこの船の乗り組み員としてこの船の船長に朝の挨拶に向かっているわけなのである。

 船内は三階建てになっており、一階は乗員の部屋やその他、二階は乗員の部屋とちょっとした娯楽施設三階は厨房とダイニング、倉庫、そして船長と副船長、船全般の雑務を管理している秘書の部屋、そしてウロン食事長の部屋、そして船首に操縦室と本部がある。

 もう分かったと思うが、この三階の部分に部屋を持っている人たちは常にこの船に乗っている乗員のひとたちなのだ。この船の中ではそれなりの発言力を持つ彼らは、皆一様に個性的で僕は時々圧倒されてしまうのだがその中でも最も個性的なのが今から会いに行く船長そのひとなのである。

 長く続く廊下をずんずん進み、重厚な扉の前で僕らはひとまず足を止めた。


 目の前の扉は真っ白で、扉の隅に小さな指紋認証システムがありそれを認証すると機内の補助システム、通称バトラーくんが起動してその後彼に承諾してもらえば中に入れるというシステムがこの扉には施されている。バトラーくんは、なかなかにご高齢でいつも何故か「あー今日も元気にコードWの所が錆びてるなぁ。」などというぼやきを此方によこしてから彼は本来の仕事に戻る。

 もうひとつ、バトラーくんに対する謎は“仕事中”の彼は片言になるところである。


 僕とキルマッェルの指紋を認証させて、暫くそこで立っていると指紋認証の機械からウィンッという機械音が起き、そこから「補助システム作動。シバラクオマチクダサイ。」という音が聞こえたかと思うと、目の前で水色の光の粒によってバーチャル化されたバトラーくんが現れた。

 バトラーくんは、基本黒のスーツ姿をしており髪は耳にかからない程度の所で切っておりどこか出勤中のサラリーマンのような印象を受けさせる姿をしている。年のころは4~50歳ぐらいの仕事が出来そうなかっこいいおじさんといったところだ。この格好は彼の気分によって変わるので、彼の本当の姿は今の所分からない。つい最近など、完全に土佐犬であろうという格好で現れ、いつもの通り話したものだから驚いたものである。

『あー今日もほんとにいい天気だよね。だけど俺のシステムはもう時代遅れで錆びだらけなんだよな。』

「おはよう、バトラーくん。今日も絶好調だね。」

『おはよう佐藤望君、さっき君の論文見たよ。すっごく面白かった。』

「バトラーくん、正式名称で呼ばないで欲しいんだけど・・・。」

『でもなぁ、ほら、俺機械だしなぁ。今度油さしてくれたら、今日はサイレンツェンカリ君と呼ばせてもらうけど! どう? どうせならサイ君と呼んでもいいぞ!』

 いつもよりも機嫌がいいらしい口調でバトラーくんは僕にそう告げた。バトラーくんは、どうやら僕の事を孫か何かと思っているらしくたまにこうして個人的な用事を押し付けてはコミュニケーションをはかってくる。僕としても、バトラーくんは気さくで楽しいやつなので話していると楽しい。ただ、彼も言った通り彼は機械であるのでどうしても正式名称で僕のことを呼ぶのがたまに傷だ。

「分かった。またあとで行くよ。その時嫌味も聞こうじゃない。」

『バレてたか! まぁいいか。約束だからな、さt・・・サイ!』

「ハイハイ。とりあす此処を開けてくれないか? 僕らは船長に朝の挨拶に行くところなんだ。」

 傍らのキルと僕に指を向けて、扉を開けろと催促すると、バーチャルで出来た彼の分身が目をぱちくりさせて『今からかい? 随分遅い挨拶だな。ほかの皆は・・・まぁいいか。』そう言って自己完結させると彼は目を閉じて形を変えた。

目の前には四角い枠が現れて、その中に文字の羅列が多量に右から左へと流れていっている。その最中に聞こえる彼の“声”がよく分からない言葉を紡ぎ最後に『Voiceprint check』という文字をそこに停止させた。

『アナタノ ナマエヲ セイカクニ ニュウリョク シテクダサイ。』

次いでという彼の片言がそこから紡がれる。

「キルマッェル=ウィンクリ。」

「・・・佐藤望。」

『承認中・・・確認、完了。オハヨウゴザイマス。宇宙漂浪船ヘ ヨウコソ。」

 いつも述べられる常套句と共に、目の前の扉がスっと開いて僕らに道を開けた。

 そこに広がっていたのは、いつも通りの朝の騒がしい操縦室の光景だった。入ってすぐに目につくのは、目の前の180度のパノラマ。黒い闇の中にぽつぽつと浮かぶ石ころが時折違う石ころとぶつかっては砕けている。いつ見ても美しい光景ではあるが、何分前方を照らす明かりだけが頼りの世界である。いい加減この光景にも慣れてしまった。

パノラマの前には様々なボタンやレバーが取り付けられた機械と、舵がひとつ。その他にも様々なものがそこにあり、多くの乗員が忙しなく働いており、たまに僕らに気が付いた乗員は彼らなりに挨拶をしてくれた。

 こういう所がここのいいところである。


「お? お前ら遅かったね? まぁいいけどさ! おはよう! 今日は何か報告はあるかな?」

「スッチー船長! おはようございます。僕は特に何も。」

「俺も特にない! おはよ!」

「はいおはよ! いつも思うけどキルってホントに冴えないよなぁ。声かけられるまで気が付かなかったよ」

 そう言ってスッチー船長はキルの背中をばしりと叩き豪快に笑った。

 スッチー船長はメルル星出身のちょっと変わったひとである。まず、メルル星出身者は全員自らの本当の姿を見たことがないことで有名である。なぜなら彼らは見る人によって姿を変えるからである。

たぶんスッチー船長に対しての僕の印象とキルの印象を聞けば分かりやすいと思うのだが、僕に見える船長の姿はまさにいいおじいちゃんといった感じである。髭をたくわえて目は厳つくも、どこか優しい光を湛え身長は高くはないものの決して低くもないという感じである。

 ようするに、ちょっと髭が目元近くから垂れ下がっている普通のおじいさんといった感じだ。歳はだいたい70~80ぐらいの見た目で、普通のじいちゃんと違うのは瞳が金に輝いていることと異様に元気で腰も曲がっておらず皺は”趣味”で生やし、時折妙な奇声をあげて突然発光するぐらいである。

 対してキルが見る彼の容姿は僕のそれとだいぶ違う。キルが見る船長の容姿は、それはそれは気持ちが悪いものらしく彼曰くデロデロの黄色い脂肪と黄緑色の斑点が体中に散ばっているおり、重力に従って垂れ下がっただらしない触覚が可愛い容姿とのこと。

後半の可愛らしいが明らかに嫌味であろうことは僕にも容易に想像できたが、彼と船長は古い付き合いらしいので一概に嫌味であるとは分からない。

彼らのスキンシップを横目で流しながら、傍に置いてあった封筒が目に入った。封筒だなんて古典的な方法で連絡を取ろうとする種族がまだいたのかとそれを裏返して宛名を確認してみた。

 

To,佐藤望from,銀河貴重種保護団体


そう書かれた文字に、僕は頬を引き攣らせながらため息を吐き出した。まったく、彼らの几帳面さにも困ったものである。

つい先日体調に異常なしと知らせたのにも関わらず、こうも頻繁に体調チェックされてはいい加減うんざりである。

 自分宛てであった旨を船長に伝えてから、それの封を切ると中には二枚の紙切れが入っており、それに目を通すと一枚は保護団体の中にある文化保護の係りから地球についての論文の提出の催促だった。それをひとまず封筒に入れてから、もうひとつを確認するともう一枚の方は最近珍種狩りがその近辺で多発しているので気をつけろという内容だった。

 珍種狩り、というのはその名の通り銀河で貴重種とされているような物や種族を攫って裏ルートでそれを売買しているという最近では最も有名な極悪犯として知られている。

 その貴重種の種族の中には僕という存在ももちろん含まれているので団体は気が気でないといったところなのだろう。

 実際、彼らが保護しているいくつかの種族は彼らに攫われ売られた先で絶命、ひいては絶滅してしまっている。

 加えて、僕はまだ母星の・・・つまり今の黒の惑星の記録を終えていない。今となっては僕の記憶だけがかつての青の惑星の手がかりであり、惑星の意思であり記録だと思われているために余計に敏感になっているようだ。

 「・・・はぁ。」

 まったく、どうしてこんなに面倒なことに巻き込まれているのか僕にはやはり理解出来ないでいる。

 かつて青の惑星と呼ばれた場所、それが僕の故郷である。今は、ごつごつとした岩と何か分からないヘドロのような物体がドロドロと流れている黒の惑星となってしまっている。

 黒の惑星についての調査中に、建物らしき建造物の中の保護カプセルの中にいたDNA、それがぼくらしい。

 調査団は早速僕を生物育成装置にかけて人工的に成長させた。奇跡的に成長した僕を調査団の研究者たちは隅から隅まで研究、調査をした。

 そして、ある程度まで成長した僕にあれこれ世話をせずに研究を続けるには宇宙法にひっかかると気が付いた彼らはキルマッェルにその役を任命。

 そうしてキルマッェルは晴れて僕の育ての親となったのである。それからは、朝や夜はキルマッェルと過ごし昼は研究室へ通う日々になった。それまで話すことも笑うことも泣くことも怒ることもなかった僕は初めてそれらの感情を手に入れた。

 たぶん、キルマッェルとの楽しい生活が僕を“人間”へと成長させたのだろう。そこからのことは正確には覚えていないが、その楽しい生活が僕に過去の僕の記憶を芋づる式に思い起こされたのである。

 ようするに、以前この魂を使っていた別の人間の記憶が、その人間の一生が僕にはまるで全て経験したことのように正確に記録されていたのである。

 当然、彼らは惑星が青かったころの生物であったしそれほど阿呆でもなかったので彼らの記憶、もしくは記録を使って昔の地球のデータが取れるという研究者たちにとったら奇跡に近い出来事だったらしく皆もろ手を上げて喜んだ。

 そこに僕がひとつ提案したのである。

“この記憶、若しくは惑星の記録は人間らしく生活しているほうが思い出しやすいから研究室にはいたくない。体の変化は随時知らしますし、記憶は論文で提出するのでここから解放してほしい。”と。

 そうして、彼らは僕をその厳重すぎるほどの研究から解放し僕は今その約束のもとこの宇宙船に乗っている。

 なんにしても、僕はこの生活を割と気に入っている。

 だから、珍種狩りにつかまっている暇などないのである。


 再び目の前の宇宙に視線を送り、僕は決意を新たにした。



読んでいただきありがとうございました!この小説はpixivにて掲載させて頂いている絶滅危惧種ぼくと宇宙と地球をちょっとだけ手直しして、ここに掲載させてもらってます。

なんだか続けられそうな雰囲気かなと思いましたので、こちらで連載ではありませんが、ちょこちょこ書いていければと思ってます。

よろしければ、感想など頂ければ幸いです><

出来れば、皆様の素敵小説の合間につまみ食い感覚で見ていただければうれしいです!

では!失礼いたします!

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