ああ
特訓を開始して、早くも一月たった。
最初は走り込みから始め、体の動きから無駄を省く訓練。
そして戦闘における駆け引きなどまでだ。
特にきつかったのは、疲れたという感情を劣化させてきていた僕には、ひたすらに走り続ける体力トレーニングだ。
今までは無駄の多い走り方でも疲れたと思わなければ辛くはなかったので、乗りきっていた。
なので、劣化を使わずに実際に倒れるまで走るのを三週間やり続けたのだ。
逃げたしたいという気持ちだけは劣化させるとことを許されていたので、逃げ出しはしなかったけれど。
よくよく考えてみると、ずいぶん鬼だと思う。
まあ、その結果として能力ありでならフルマラソンを完走できるだけの体力をてに入れることができた。
能力なしだとハーフマラソンなのが情けないが、騎士予備隊の全員は能力なしでフルマラソン完走できるので情けない話だ。
師匠である正平さんと、男のリエルさんはともかく、朝日さんにまで負けているのが悲しかった。
……その事実を知った後から僕は特訓の時間を増やした。
特訓は正直思い出したいタイプの記憶ではないけれど、力になったとは思う。
この世界は努力が報われるようになっているそうなので、人並みに性能が延びるようになっているというのもやる気を出した原因でもあるけれど。
それと、能力についてはあまり特訓はしなくてもいいそうだ。
この世界において相当強力な武藤さんの能力を掻き消した時点で十分過ぎるほど強力らしいので、身体機能から先に鍛えることにしたのだ。
そんなこんなで今の僕は一月前より相当強くなってはいる。
そうは思うが、一切の実感がわかないのは僕のせいなのかすらわからない。
まず、正平さんは身体能力に関しては僕の能力ありより少しだけ……少しだけ足が遅いくらい。
……もちろん正平さんは能力を使っていない。
さらに言うと、筋力では負けてすらいる。
ちなみに耐久力で言うと、僕の全力の攻撃を食らっても怯みもしてくれない。
人間……なのだろうか?
次に、リエルさん。
本来、この世界に来る際に与えられる力には、理屈抜きの能力を行使できる代わりに、一つのことはずば抜けている《能力者》と様々な理屈と魔力を使って様々な超常の力を振るえる《魔術士》がいる。
どちらが優秀などの区別はないが、《魔術士》には得意属性と固有魔術があり、それに反する魔術は使えないか、とても効率が悪くなる。
しかしリエルさんは、固有魔法『儀式術式』によって全ての属性を操り、なおかつ高威力てで発動出来るのだ。
唯一弱点と言えば発動速度と魔力量らしいが、それも克服することが出来る手段があるらしい。
そして最後に朝日さん。
彼女はまさに規格外だ。
彼女の能力は一言で言うなら、自分を機械仕掛けの人形にする力。
しかし、実際に機械になるわけではなく、自分の身体能力、記憶、生命、そして外部からの異能を自分を構成する歯車としてみなし、操る能力だ。
歯車を早めることも、止めることも、外すことも、そして外した歯車を体外に出して誰かに渡すことも出来るそうなのだ。
つまり、筋肉の速度を早めればより早く、より強く動くことができ、思考の速度を早めれば普段の何倍もの思考が出来るらしい。
さらに、外した自分の一部を他者に与えることや、自分の一部を与えた人の歯車を与えることが出来るらしい。
つまり、朝日さん一人で戦う場合には、武藤さんの停止の魔眼などの直接相手を支配下に置く異能は完全に無効化出来る上に、上がった身体能力で戦う事もでき、なおかつ脳処理の多い魔術も少しだけ使えるらしい。
さすがに《魔術士》ほどの魔術は魔力の問題で使えないが、オールラウンダーとして戦える異能だ。
こう考えてみても僕の繊月海月の性能の低さが際立つ気がする。
僕の出来ること全て朝日さん出来るし。
ちなみに僕の魔力量は並みだそうで、具体的に言うと正平さんの八分の一、朝日さんの二十分の一、武藤さんの三百分の一、リエルさんの一万分の一らしい。
これを聞いたときは心が折れかけた。
あ、いや、もちろん繊月海月は使わしてもらった。
そうでなかったら絶対に折れていたしな!
そんなこんなで騎士予備隊中、最弱の人間としての生活が一月たったのだった。
※※※
「あー。お前ら、今日仕事できたぞー」
騎士予備隊のトップである武藤さんが珍しく予備隊の隊舎にまできた。
普段はいそがしいらしく、様々なところへ遠征に行ったり、他の町と交渉したりしている。
なのでたまたま遠征帰りの武藤さんに最初に出会ったのは相当運が良かったようだ。
僕の人生に運なんて亡かったので新鮮な感覚だった。
そして武藤さんが予備隊の隊舎に寄った理由は、先ほど言っていた通り仕事ができたのだ。
本来、ほとんどの荒事は正規の騎士がやるが、少人数かつそれなりの戦力があり、対策がとられづらい予備隊に回って来ることがある。
まあ、今回は純粋に人手不足から来ただけだろう。
その依頼内容をみると、僕の甘えた考えは全て吹き飛んだ。




