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 体の自由が利かない。


 いや、もはやそんなレベルではないだろう。肌が呼吸に合わせて動くこともなく、寸分の狂いすらなく止まっている。


 なるほどこれは――さすが『停止の魔眼』といったところだろう。


 体の内部は停止させられていないようだが、自由に動くことの出来なくなった心臓は窮屈そうに痛みを訴えているし、肺は胸を動かすこともできないから腹式呼吸で動かそうとするが今までの運動量に見合うだけの酸素にはほど遠い。


 これは使われた瞬間敗北が決定するものだ。


 幸い鼓膜は止まっていないようで武藤さんの声が聞こえてきた。


「ほら、一切動くことすらできないだろ? ゲームオーバーだ。つってももう口も動かせないだろうから返事は聞けないよなぁ」


 武藤さんはてくてくと無防備に歩いてくる。


 それは当然だ。いくら危険なものでも停止しているものは恐怖になりえない。


 圧し掛かられればひとたまりもない石像も、そこにあるだけでは唯の美術品だ、


 石像と何ら変わりはない今の状況とほとんど同じだ。


 僕に残された唯一の活路は、先ほどあげた可能性の一つを使用することだけだ。


 しかし、本当に発動できる可能性などほとんど無いし、出来たとしても意味はないかもしれない。


 そもそも今僕の視界に映っているものなんて、武藤さんしか存在しない。


 コロッセオの中のものも見えなくなっている。


 人間は本来動いているものしか見る事が出来ない。


 信じられないかもしれないが本当のことだ。


 昔読んだ科学雑誌に書いてあったもので、眼球は停止しているものは見る事が出来ないが、眼球自体が微妙に動くことによって相対的に視界にあるものが動いていることにして物体を認識しているらしい。


 なので今現在見えているものは武藤さんと、武藤さんが歩くときに起こる砂埃くらいだ。


 着々と僕に近づいてくる武藤さんに対して少しだけ恐怖を覚えるが、そんなものは『繊月海月(ロスト・エモーション)』で劣化させる。


「こいつでお終いだ」


 武藤さんが僕のすぐ近くまで来て拳を振り下ろす。


 これで戦いは終わる――


























 ――はずだった。


「……お前は何をしたんだ?」


 戦いが終わると思っていた僕は驚愕が隠せないが、武藤さんから攻撃を食らうことは無かった。


 ただし、僕の攻撃が通ることもなかったけれど。


「お前はなんで……動けているんだ(・・・・・・・)!?」


 武藤さんは驚いて十メートルは距離を開ける。


 そして、攻撃が通らなかった――つまり僕は攻撃をしたのだ。


 僕は賭けに勝ったのだ。


 先ほど言った唯一の勝算。


 それは自分の体に対してやってくる能力の被害の劣化。


 つまり僕の能力の正体は体の中の見えないものを劣化させる能力というところまで拡大解釈できる。


 なぜなら感情はともかく、無意識まで劣化できるとなればそれはもはや生存本能の領域に手を出している。


 それ以外にも痛みというのは感情とは微妙に違っており、痛みを感じて苦しいと思う感情は劣化できても痛み自体は劣化できないはず。


 この二つを踏まえて考えてみると、僕が生前身に付けた精神を劣化させるものとは大きく離れた使い勝手が良いものになっているということだ。


 結果行ったのが体の動きを止めている能力の劣化。


 それもほとんど影響など無いところまで劣化させている。


 新月の次の夜の月に出てくる、繊維のように細い月――繊月。


 海の月と呼ばれ、海と同化して見えないほど透き通っている生物――海月(クラゲ)


 その二つが合わさるように。


 透明なものを繊維のようになるまで欠けさせるように、体の中を支配している停止の能力を見えないくらいまで劣化させた。


 僕の体にはもはや何の影響もない。


 だから僕は動いて攻撃をすることが出来たし、今も動くことが出来る。


「能力を、劣化させました。……戦っている最中に思いついたので」


「能力を劣化か。なかなかの能力だな。本気で驚いたぜ」


「……でも、ここまでして攻撃がかわされると思いませんでした」


「ああ、危なかったが、経験の差って奴だな。伊達に首都の騎士隊長やってねえよ」


 武藤さんはため息を吐きながら肩をすくませる。


「正直今ので合格やりてえくらいなんだがなぁ。流石に即実戦ってほどの実力じゃねえわな。まあ、騎士予備隊ってとこだな」


「えっと。その予備隊で力をつければ騎士になれるんですか?」


「ああ、俺が保障してやる。というか、他の試験官だったら能力解除からの一撃で攻撃当たってる奴もいる。だから相手が悪かっただけだよ。それに、予備隊だったらいろいろ学べるしな」


 僕にはもう既に打つ手はないし、誰かを助ける職業にいずれつけるのならっ文句もない。


 ここら辺が潮時なのだろう。


「分りました。……さすがにもう限界なんで寝て良いですか?」


 自分の体を見てみるとずいぶんとひどいことになっていて、見るのも嫌になる。


 僕の体は既にぼろぼろだあばら骨のうちの何本かも折れているようで呼吸するたびに痛む。


 血を流しすぎたのか頭も少し回らなくなってきているようだ。


 もうすぐにでも気絶したいくらいだ。


「おう。いつでもいいぜ。俺が責任もって医務室に運んどいてやるよ。まあ、ここは闘技場だし、この場所を出たら傷は無くなるから安心しとけ」


「ありがとう、ございます」


 その言葉を聞いてから、押さえつけていた痛みや感情を解放する。


 恐怖や悲しみ苦しみとほんの少しだけあった勇気といった感情が流れ込んできて頭がパンクしそうになって、僕は気を失った。

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