焼き魚を焼く
ぼくの趣味は焼き魚を焼く事だ。
普通の魚じゃあ、ダメなんだ。焼いてある魚じゃ無いとね。だって、海や川や湖を泳いでいる魚は、まだ生きてるからね。かわいそうだよ。氷で冷やされている魚でもダメなんだ。まだ生きてるかも知れないからね。三枚に下ろされている魚でもダメなんだ。原形をとどめて無いからね。
でも、焼いてある魚なら大丈夫。だって、死んでるもん。
お母さんは、包丁でスパッと切るんだ。まだ生きてるかもしれない魚を、何のためらいも無くね。ぼくには出来ないよ。
この前、近所のお姉さんがお母さんに聞いてたんだ。魚の切り方。そんなにお姉さん、魚を切りたいの? まだ生きてるかも知れないんだよ。
ぼくには出来ないよ。
死んでる魚なら出来るよ。ぼくは、じっくりと中まで火を通すよ。その辺はぬかり無いんだから。みんな焼き方があまいんだよ。まだまだ焼けてないのに止めちゃうんだ。
なかなかお母さんは、ぼくに焼き魚を焼かしてくれないんだ。というか一度も。独り占めしなくても良いのにね。だから、お母さんがいない時、こっそりとぼくは冷蔵庫の中から焼き魚を出して焼いてるんだ。
でも最近、それも飽きてきたんだ。
何でだろ?
今までは、一日中焼き魚を焼く事で頭の中がいっぱいだったのに、最近それが無いんだ。死んでる魚じゃ、ダメなのかな? でも、生きてるかもしれない魚なんて焼けないよ。
ためしに焼き鳥を焼いてみたんだ。冷蔵庫にあったからやってみたけど、焼き魚を焼いている時みたいな気持ちにはならなかったんだ。
身体の内側から込み上げてくる、ドキドキする様な、ワクワクする様な気持ちにはならなかった。逆に、しらけちゃったよ。
他にも色々やってみようかな? もしかしたら、ぼくはもう焼き魚は卒業なのかもしれない。高学年になるんだしね。
そう考えていた夜、近所のお姉さんの家が火事になったみたいなんだ。お母さんが隣の家のおばさんと話してる。ガスもれだって。
きっと、生きてるかもしれない魚を切りすぎたんだ。死んでる魚にしておけば良かったんだよ、お姉さん。
ぼくの家からも良く見えるよ、お姉さんの家。すごい炎だよ。これじゃだれも助からないって、お母さんがやじうまと話してる。お姉さん、やっぱり焼けちゃったのかな? 表面だけパリッとなってるのかな?
何だか想像すると、身体の内側からドキドキ、ワクワクしてきたよ。
でも、中まで火が通ってないんだろうな。
そうだ、今度は焼き人間を焼こう。ちゃんとぼくが中まで火を通してあげるよ。じっくりと、ぬかり無くね。
なんだかワクワクしてきたよ、お姉さん。