一つ目の問題
そして、ついに一つ目の問題が降りかかる。
「恵ぃー? 帰ってきてるんでしょ? ちょっと開けるよー」
ノックもせず朗らかな口調で姉の井上《みな》美南が俺に話しかける。
「だっ……おま、待てっ、今は!」
「入るよー?」
焦って目を開け姉に声をかけるが、姉は俺の話を聞いちゃいない。
だから待てって言ってるだろ! という心の叫びを全く知らず、姉ちゃんは俺の部屋のドアを開けた。
「……め、……ぐみ?」
姉ちゃんはドアを開けた姿勢で固まり、目を見開いていた。
俺に弟がいたとしよう。
弟の部屋のドアを開けて、弟は横たわっていて長くて白い髪の美少女がその隣で正座している。
そんな光景を見てしまったら、俺だって同じ反応をしたと思う。
「なっ……きゃああああ!!! おかーさん!! おかーさんきて!! 恵が女の子連れ込んでる! しかも超可愛い! ってかあんた何やってんの!? 何で寝てんの!?」
うるさくてしかたがないので俺は耳を塞いだ。
どうにでもなれ。悪いのは俺じゃねぇ……。
そんな無責任なことを考えつつ横目でちらりと白雪を見ると、泣き出しそうなほど不安そうな顔をしていた。
「……白雪」
「にゃ……?」
騒いでいる姉ちゃんを放って、白雪に声をかける。
「大丈夫だよ」
白雪にとって、これは根拠のない励ましかもしれない。
でも、今の俺が一番言いたいことだった。
「いざとなったら2人で家出しような?」
駆け落ちだな、と付け足して笑う。
「……はい。ご主人様となら、白雪はどこにだって行けます」
最上級の笑顔で、白雪が笑った。
胸がどうしようもなくきゅんとした。
やっぱり可愛い女の子には笑顔が似合う。
「なんですかぁ~? 美南ちゃん、どうしたんですかぁ?」
「きてよ母さん! ほら、恵が女の子連れ込んでんのよ! 写メっていいかな!?」
ほのぼのとした声とうるさい声がいっぺんに流れ出し、せっかく白雪といい感じだった時間が台無しになる。
もし俺に彼女が出来ても、この家には連れてこない方が良さそうだ。
「美南ちゃん、ダメですよぉ? 恵君も困ってますよぉ」
笑顔で姉ちゃんを窘めているのは俺の母親、井上美里である。
母さんに窘められ、姉ちゃんがつまらなさそうに携帯を閉じた。
「それで母さん、この子――――」
「あらぁ? 白雪じゃないですか」
母さんはにっこり微笑むと、正座してる白雪に近付いて優しく頭を撫でた。
「人間になっちゃったんですかぁ? お母さん、もう一人娘ができちゃったんですねぇ」
「んにゃー……そうなのです。白雪は美里さんの娘になってしまったのですよぉ」
口調が若干移り気味になりながら、白雪も返事をする。
「「……嘘、だろ?(でしょ?)」」
俺と姉ちゃんの声が重なった。
姉ちゃんは単純に白雪が人間になった事実が信じられなくて、俺は母さんが何の説明もなく一発でわかったということが信じられない。
「美南ちゃんが知らない女の子だなんて言うから、お赤飯炊かなくちゃいけないかなぁーって思ったのに……白雪じゃないですかぁ」
母さんは冗談やめてくださいよぉ、と笑いながらまだ白雪を撫でている。
「め、恵……。説明、しなさいよ」
「説明も何も……白雪が人間になったらしいんだよ」
「あんた頭大丈夫?」
「……俺だって信じられねーけど、いるもんはしょうがねぇだろ……。いるもんはさぁ……」
俺はため息をつき、姉ちゃんは呆然としていて、母さんは白雪を撫でていて、白雪は幸せそうに目を細めている。
何すか? この状況。