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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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薬棚の標準高さ確認済み札は、朝の小瓶を本人の前で止められません

朝の薬棚には、苦い匂いが一本だけ立っていた。


 ミトの前に置かれた小瓶は、まだ封を切られていない。薄い緑の液が、朝の光を受けて少しだけ揺れている。棚の横には、夜のうちに届いた灰色札が貼られていた。


『薬棚。標準高さ確認済み。配布閉鎖、代理飲了欄へ転記可』


 薬棚番の老女が、帳面の端をそろえた。


「殿下、札はミトにも読める高さです。ですから、今朝分は代理飲了で閉じてもよろしいかと。薬は遅れると、厨房の朝粥番までずれます」


 ミトは小瓶を見つめたまま、指を膝の上で握った。


「……飲まなきゃ、だめですか」


 声は小さい。けれど、昨日の夜、薬瓶を自分の棚へ戻した時より逃げていなかった。


 ノエルは眠そうにあくびをし、灰色札ではなく小瓶の首を見た。そこには、配布済みの赤い紐だけが巻かれている。飲む欄、飲めない欄、今は止める欄。その三つのうち、最初の一つしか棚にない。


「高さは合ってる」


 薬棚番がほっと息を吐きかける。


「でも、止める場所がない」


 ノエルは赤い紐の下へ、青い細紐を一本結んだ。ミナが蜂蜜湯の椀を持ってきて、棚の端に置く。テオは踏み台を運びかけて、ノエルに首を振られた。


「今日は台じゃない。ミトの手が、飲む前にこの紐へ届くかだ」


 ルカが帳面を開き、代理飲了欄の横に小さな空白を作る。


『本人停止』

『本人が飲む』

『本人不在のため保留』


 三つの欄が並ぶと、薬棚の前の空気が変わった。薬棚番はしばらく筆を止め、それから自分の字で書いた。


『代理不可。本人選択待ち』


 ミトは小瓶の青い紐に触れた。指先が震える。蜂蜜湯の甘い匂いが近くにあるのに、苦い液はまだ口の中へ入っていない。


「今は、止めます」


 言ったあと、ミトは慌ててノエルを見た。


「あとで、飲むかもしれません。でも、今は……朝粥の匂いだけで、気持ち悪くて」


「それでいい」


 ノエルは薬棚の下段に、空の木箱を一つ置いた。箱の前面へ、ルカが青札を差し込む。


『朝保留瓶。本人が次に読むまで、飲了にも廃棄にも転記しない』


 ミナが蜂蜜湯を少し冷まし、ミトの手元へ寄せた。


「飲む薬じゃなくて、口を休ませる湯です。これはミトが持っていていいです」


 薬棚番は代理飲了欄へ引きかけた線を止め、筆を棚へ置いた。


「配布は、まだ閉じません。ミトさんが次に読むまで、棚番が保留を預かります」


 ミトは小瓶を木箱へ入れた。瓶が底に当たる音は、飲まされた音ではなかった。自分で止めた音だった。


 ノエルは灰色札を外さない。青い糸で、朝保留瓶の横に吊るした。


「標準高さ確認済みは、閉鎖条件じゃない。身体に入るものは、本人が飲むか、止めるか、次に読むかを触れるまで閉じない」


 テオが、踏み台を壁際へ戻した。


「じゃあ、厨房裏と洗濯場の札も、同じように止めますか」


 使い走りが差し出した残り二枚の灰色札は、薬棚の札と同じ顔をしていた。けれど、片方には鍋の熱で端が少し反り、もう片方には濡れた布の跡がついている。


 ノエルは半分眠った目で、それぞれを別の手に持った。


「同じ高さでも、止める生活は同じじゃない。鍋を止める手と、濡れた布を止める手は、別々に読む」


 ミトは朝保留瓶の青い紐をもう一度見て、小さく息を吐いた。


 飲まなかった朝が、さぼりではなく、自分の名前で待てる場所になった。

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