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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:春】三章「村の開拓編」

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第十一話 陽がのぼる

 東の空が、ゆっくりと白みはじめる。


 小屋から少し歩いた先。


 樹木のひらけた、山を一望できる場所から、

 俺は、あたりを見下ろしていた。



「……にぃに」


 とことこと小さな足音を立てて、

 イミコがやってきた。


 俺と並んで、東の空を見上げる。


 彼女は素足のまま、白い衣を身にまとい、

 胸元には深い緑の勾玉。


 眠たげに目を擦っているくせに、

 朝の薄明かりの中では不思議なくらい澄んで見えた。



「おひさま、でる……?」


「ああ、もうすぐだ……」


 そのとき――


 山の端から、ひときわ強い光が差した。


 ゆっくりと丸い太陽が顔を覗かせる。

 金色だった光が、一気に白く、強くなった。


 山の斜面を撫でるように朝日が流れ落ちる。


 枝先が、岩肌が、湿った土が、

 昨日まで、灰色に沈んでいた世界が、


 ゆっくりと、彩り豊かに照らされていく。



「……わ、わぁ……」


 隣のイミコが小さく息を呑んだ。


 ただ、寒さをしのぎ、

 死なないことだけを考えていた時、

 俺達に周囲を見渡す余裕などなかった。


 だが、今は違う。


 麓の村、その先に広がる木々の大海原。

 霞んだ向こうに低くうねる山並み。


 その、すべてを包む雄大な空が、

 はっきりと鮮明に見える。



「きれい……」


 イミコがぽつりと呟いた。


「ああ」


 イミコの頬が、朝日に照らされて淡い朱を帯びる。


 その胸元では深い緑の勾玉が、

 太陽の金色を宿すかのように輝いてみえた。



「……ねぇ、にぃに」


「ん?」


「どうして、わたしが替わりに喋るの?」


 昨日のことを、

 ずっと気にしていたのだろう。


「そのほうが、みんな、

 素直に話を聞いてくれるからだよ」


「……ふーん」


 イミコは少し考えてから、

 小首をかしげた。


「……へんなの」


 わかったような、

 わからないような返事だった。



 イミコを担ぎ上げる理由――


 俺の理屈は、どうにも角が立ってしまう。

 だが、イミコの口からなら、柔らかく相手に届く。

 それは、昨日のやり取りで立証済みだ。


 そして、俺に万が一のことがあったとしても、

 イミコの立場が残ることも大事だ。


 人々の心に「火の巫女」が根付いていれば、

 最悪、イミコは、一人になっても生きていけるだろう。


 何事も備えておくに越したことはない。



「……にぃに、また、かんがえてる?」


 イミコが、覗き込んでくる。


「ちょっとね」


「……むずかしいかお」


「そうか?」


「うん」


 俺は笑って、イミコの頭に手を乗せた。



――――――――――


 そんなとき――


 山道の下から、

 ざっ、ざっと土を踏む音が聞こえてきた。


 複数人だ。

 最初に姿が見えたのはイワホコ。


 その肩には真っ直ぐな若木が担がれている。

 昨日よりも、確かに力を取り戻していた。


 その後ろに村長のシラガ。

 縄や、石斧を抱え、息を整えながら登ってくる。

 老いを感じさせない体力がある。


 ほかにも、村の若い男たちが数名。


 その顔色は、まだ優れない。

 だが、昨日までの死んだような目はしていなかった。



「……わ、みんな……!」


 イミコが嬉しそうに声を弾ませる。


 男たちは小屋の前で立ち止まり、

 イワホコが若木をどすんと地面へ下ろした。


「火の巫女様、動ける者だけ連れてきました。

 お前たちの家を直す……そういう話だったな、イミナ」


「こんな、すぐに来てくれるとは思いませんでしたが……」


 俺は頷き、男たちの顔を見た。


 本当なら、まだ、村で安静にしていたほうがいい者もいるだろうに。

 それでも来てくれた。


 ならば、その思い、

 こちらも応えなければいけない。



「では、さっそく小屋の修繕に掛かろうかの……」


 村長のシラガも到着したようで

 小屋のまわりに皆で資材を下して準備を始めていた。


「長、家を直してもらう前に、

 ひとつ、やってほしいことがあるんだ」


「やってほしいこと、ですか……」


 シラガが不思議そうな表情を浮かべる。


「何をなさるおつもりで?」


 興味津々といった様子で、

 村の長のシラガは、俺に視線をむける。


 他の「信仰」でイミコを信奉する者とちがい、

 俺に対して興味を向けてるようだ。



「イワホコさんに担いできてもらった若木……」


 先程まで、イミコと山を見晴らしていた、

 樹木のひらけた場所を指さした。


「この場所に突き刺し、縦に立ててください」


「こんなところに……」


「そんなことになんの意味が……」


 まわりの皆の顔に戸惑いが広がる。

 だが、今は、ここで説明しても意味がない。


「イワホコさん、それから、他の皆さん……、

 ここに深い穴を掘ってください」


 日当たりの良い丘だった場所に、俺は指をさした。


「まあ、構わんが……」


 よくわからないといった表情を浮かべながら、

 イワホコは若木を運ぶ。


 他の男たちも後に続き、

 鍬でざく、ざくと土を掘りはじめた。


 この時代の農具は想像よりも揃っているが、

 そのどれもが、石と、木で組み立てたものだった。


 この村には、まだ鉄の道具が行き渡っていないようだ――



「……にぃに、なに、つくるの?」


「空を見るためのものだ」


「おそら……? おそらは、あっちだよ……?」


 イミコは、頭上、遙か天にむかって指を指した。


「ああ、お日さまがどう動くかを、みんなに見せる」


「ふーん……」


 地面に掘られていく穴と、空を、

 イミコは不思議そうに、何度も見返していた。



――――――――――


 しばらくすると、

 目の前の地面に大きな穴が掘り起こされた。


「……ええ、そのまま、そのまま……なるべく真っ直ぐに……」


 イワホコを中心として若木を担ぐ男衆の前に立ち、

 俺は、ちいさな身体で誘導をする。


「ふんっ……!」


 男衆の掛け声に合わせて、

 どすん、と若木の根元が穴に落ちた。


 ぐらりと揺れた木を男たちが押さえながら、

 最終的な角度を調整し、土を戻して踏み固めていく。


 それらに使われる木製の鍬も、

 立派に使えるものだ。



 やがて、それは山の上にまっすぐ立った。

 青い空へ向かって伸びる一本の若木。


 ただ、それだけなのに、

 この場所に新しい芯が通ったような気がした。


「たった……」


 イミコがほう、と息を吐く。


「ああ、立ったな」


 イワホコが幹を揺すり、びくともしないことを確かめる。


「これで、よいかの? して、これは?」


 シラガが振り返る。

 その表情は興味津々と言った様子だった。



「これは陽の位置を刻むものです」


 俺は、若木の根元から離れ、

 地面へ落ちた影に視線を落とす。


 朝陽を受けて、長く細く、地の上を伸びている。


 影の先端――

 普段から誰もが影を目にしている。

 だが、誰ひとり、それを利用しようとは思っていない。


 俺は、足元の小石をひとつ拾うと、影の先に置いた。


「……何を、しておるんじゃ?」


 シラガの声が飛ぶ。

 男たちが皆、不思議そうに、こちらを見ていた。



「よし……」


 俺は立ち上がり、杭の影と、

 村人たちの顔をゆっくり見渡した。


 水を得て、火を得て、人も集まり始めた。


 ならば――


 次は「時」を得よう。



 影の先に置いた石を指差して、俺は言った。


「今から、皆に……今日を教えようと思う……」


 朝の陽は、ひときわ明るく、

 今も、山の上に降りそそいでいた。


 まさに、今日は、良い日だ――


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