影
――森が、息を潜めた
花畑に、やわらかな風が吹いた。
「いっぱい咲いてるね」
「これなら、きっと喜ぶよ」
オクシアがそう言って、女の子と一緒に花を選ぶ。
アルカーナは少し離れたところで、それを眺めていた。
胸の奥が、ふわふわする。
(オクシアと一緒に……)
(同じ、魔法使いに……)
そのとき。
――ぐしゃ。
足元の枝が、踏み砕かれる音がした。
「……?」
アルカーナの体が、ぴくりと強張る。
森の奥。
木々の影が、不自然に揺れていた。
「ねえ、今……」
言いかけた瞬間だった。
――ドンッ。
地面が、揺れた。
「……なに?」
女の子が、不安そうに抱えた花を胸に引き寄せる。
次の瞬間、影が飛び出した。
「……っ!!」
大きな体。
黒く硬い毛。
鋭く光る牙。
「い、イノシシ……!?」
オクシアが息を呑む。
イノシシは低く唸り、前脚で地面を掻いた。
――突進の合図。
「に、逃げよ……!」
オクシアが女の子の手を引く。
だが。
足が、動かない。
恐怖で、身体が凍りついていた。
「……っ」
イノシシが、一歩踏み出す。
その圧に、アルカーナの胸が締め付けられた。
(だめだ)
(このままじゃ――)
「オクシア……!」
声が震える。
オクシアは歯を食いしばり、杖代わりの枝を構えた。
「だいじょうぶ……!」
「あんまり…強くないけど……!」
小さな魔法陣。
淡い光。
――ぱん。
火花が散る。
だが、イノシシは怯む様子もない。
「……効いてない」
女の子が、泣きそうな声を出す。
次の瞬間。
イノシシが、走った。
一直線に――女の子へ。
「――っ!!」
オクシアが前に出ようとする。
間に合わない。
アルカーナの視界が、急に狭くなった。
心臓が、うるさく鳴る。
(守らなきゃ)
(オクシアも)
(この子も)
(――自分が)
胸の奥が、焼けるように熱くなる。
息が、詰まる。
喉の奥に、あの感覚。
あの時の…
――くしゃみの感覚。
次の瞬間。
アルカーナの視界が、赤く染まった。
森に、熱が満ちる。
オクシアが、はっと息を呑んだ。
「……アルちゃん?」
――それは、魔法とは違う。
確かに。
確実に。
“あの時”と同じ、炎の気配だった。




