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62話 古巣ギルド崩壊序章。トッシュを慕う者たちが辞めていく

 ネイは殺気や闘気を抑えて喋る。


「私が退職した時点で、条件は解除された。金王麒麟尺骨は、ブラックシティの誰にも効果を及ばさない」


 日本で働いていたネイが「日本流の社会人としての常識」として、穏やかに退職しようとしていることを、これっぽっちも理解していない金星が、イキり叫ぶ。


「わけのわからないことを、べらべらと! 恩着せがましく、俺たちに仕掛けたトラップ型の能力を解除したと言いたいのか? 『いつでもお前たちを殺せる能力を持ってます。でも解除しました』とでもいえば、私たちが感謝するとでも思ったか!」


 ネイが異世界の流儀に従っていたら、とっくに首が胴と別れていることを知りもしない金星は上から目線を崩さない。

 隣でバカ息子も、視線が気づかれていることも気にせずに、胸を凝視してキヒヒヒッと笑う。


 ふたりともまともな戦闘経験がないから、剣士の間合いにいる自覚がない。


 ドルゴのように、ネイの強さを知っている者は(馬鹿だとは思っていたが、弊社の社長と課長はあそこまで馬鹿なのか)と、ぞっとした。


 逆に、田山のように一部の馬鹿な人はネイの強さを知ったうえで(さすがは社長と課長。剣の間合い内でも堂々としている。素晴らしい!)と誤解した。

 こういう誤解をする人がいるから、世の中の会社では、能力が低いのにもかかわらず高く評価されるものがいる。


 ネイは周囲を気にせず、温度の低い声で続ける。


「この刀は先代のギルドマスターが『私に弱点を作る』ために与えた物だ」


「何が言いたい! いい加減にしろ! 私は忙しいんだぞ!」


 ドルゴは(お前たちが勝手に近寄ってきたんだろ。忙しいなら勝手に立ち去れよ)とため息をついた。


 ネイは金王麒麟尺骨刀を鞘に納めたまま、切っ先を金星の眉間に突き付ける。

 あまりにも自然な動作だったので、金星はまったく反応できなかった。

 室内の能力者たちも、意識の隙間を突かれたかのように、ネイの行動を認識できなかった。もし、ネイに殺意があったなら、金星の首は飛んでいただろう。


「分からないか? お前は私からギルドだけでなく、唯一の『弱点』まで奪ったんだぞ」


 金星はまだネイの言葉を理解できない。

 要するに「金星に乗っ取られた後のブラックシティにも尽くしていたのは、大事な仲間がいるからだけど、これで終わりだ。もうお前は殺したいときに殺す敵だ」と言っている。

 室内にいた平和ボケした者たちはほとんど理解できなかった。


 ネイは豚たちとの対話を諦め振り返る。

 その背に向かって豚たちが「無様な負け犬が何か言っているぞ!」「創業メンバーはいなくなった! ブラックシティは完全に俺の物だ!」などと喚きだす。


 ネイはそのまま退室し、離反者たちが彼女に追従する。

 体のでかいドルゴは最後に退室するつもりなので、ゆっくりと動く。

 すると彼は見た。


 レインが、ギルドに残るリオンの元に、近寄る。同期だし、最後にひとこと挨拶するのだろう。


「リオン君」


 リオンの表情がぱっと明るくなった。声をかけられるのを待っていたのかもしれない。


「ふっ。君がどうしても僕に来てほしいというのなら、行ってあげないこともないが?」


「いえ。リオン君にもリオン君の考えがあると思うので。自分の思うようにしてください。これ」


 レインがリオンに、綺麗に包装された箱を渡す。


「僕にプレゼントかい?! やはり君は僕のことを好――」


「私、トッシュ先輩と結婚しました。これ、結婚報告の時にみんなに配ろうと思ってたお菓子です。あとで食べて」


「……は? あ、ああ。決闘ね? あのバカと戦ったんだ?」


「それじゃ!」


 レインはぺこっと頭を下げ、退室した。


「は、はは、う、嘘だ。僕が異世界人だから、言葉が分からなかっただけだ。けっこん、けっこん。血の痕のことか? おかしいな。僕のスマホ、けっこんの変換候補が全然出てこないぞ」


 最後に残ったドルゴは、スマホをうつろな目で弄るリオンを見る。


(強敵になるかと思ったけど、案外、どうにかなるか? トッシュを逆恨みをして強敵になるか、どっちだ?)


 とりあえずドルゴは、「最初に面倒を見てやった可愛い後輩」のリオンに声をかける。


「おい、リオン。最後のアドバイスだ」


「ねえ、先輩、僕のスマホ、変です。結婚ばかり出てくる!」


「俺たちと敵対するなら、スキルは使うな。お前は、スキルの性質上、絶対にトッシュに負ける。勝ちの目があるとしたら、スキルを使わない、素手での戦いだ」


「僕のスキルが厄介だから、そうやって、僕をだまそうと――」


 ドルゴはリオンの肩に大きな手を置き、そのままだと上から見下ろして圧をかけることになるから、腰を曲げて目線の高さを合わせる。


「お前の感情を、はっきりと言葉にしてトッシュにぶつけろ。スキルを使わずに、拳のみで戦いたいと伝えろ。あいつは応じる。素の力でお前と戦う。仮にそれで勝ったからといってレインがお前に惚れることはないだろうが、お前は腐らずに済む」


「ド、ドルゴ先輩……」


「確かにお前の言う通り、お前のスキルは厄介だ。俺たちの最大の脅威になりうる。だがな、勝ち目のない戦いは挑んでくるな。お前は仲間との連携で活きる能力者だと自分自身が分かっているだろう。今日まで、お前の隣にいたのは誰だ。それを忘れるな」


 ドルゴは、子供の頭部のように巨大な握りこぶしで後輩の胸をドンと叩く。


 そしてその場を離れ、窮屈そうに身をかがめて古巣から退室した。

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