61話 別れの準備
同期のロンがリオンに呆れたように小声で言う。
「リオン。早く片付けろよ」
「……僕は行かない」
「……は? なんでだよ」
「トッシュは嫌いだ」
「何言ってんだよ、お前。嫉妬で先輩を裏切るのか!」
寡黙なロンが珍しく大声を上げる。
口を閉ざしたリオンに変わり、ドルゴが言う。
「ロン。人それぞれだ。言ってやるな。リオンにはリオンの考えがある」
「……けど」
「ほら。俺の片づけを手伝え」
「……っす。……なんかすっきりしないんで、やっぱ先輩のフィギュア、燃やしていいっすか? ダンガムのプラモとかよく燃えそうっすよね」
「ぶちのめすぞ、てめえ。俺がこのでけえ図体にみあった太い指で、どんだけ苦労して組み立てたと思ってんだ」
ドルゴはちょっと苛立った。すべての私物を持ち帰れないから、ある程度は諦めるしかないし、後輩にからかわれたから……だけではない。他にも苛立ちの理由がある。
それは、リオンの離反だ。
彼個人の人格や決心は尊重したい。しかし、ドルゴはすでにギルド間抗争の戦闘に考えを向けており、リオンの持つ厄介なスキルをどうしようかと悩んでいた。
リオンのスキル『必ず負ける』は、何かしらのゲームに由来する能力だ。本人の出自から察するに、乙女ゲーに出てくる「主人公との婚約を破棄して、別の女(転生者の可能性高い)と婚約する王子様」に由来する能力の可能性が高い。
それは、「勝てる寸前まで敵を追い込み、終盤まで優位に戦った末に、最後にぎりぎり負ける」能力だ。
つまり、リオンは「トッシュより強いが、最後は負ける」強さになるということだ。それは、ギルド間抗争でトッシュが無力化されることを意味する。
仮にネイの方が強い場合でも、やはりネイが無力化される。
トッシュ陣営の最強カードが強制的に墓地に送られるようなものなので、ドルゴはそのことを考えて、頭が痛くなった。
そして、後輩のこと、「人」ではなく「スキル」として計算していたことに気づき、自己嫌悪した。よき先輩なら、スキルではなくリオン自身の決断を尊重すべきだ。
「おい、リオン」
「……なんですか」
「やる。大事にしろよ」
ドルゴはゲームセンターで取ったプライズフィギュアをリオンに渡した。
「自分、こういうのはあんまり……」
「俺だと思って大事にしろ。あ、いかん、これだと遺言みたいになるか。まあ、とにかく、後輩へのプレゼントだ。大事にしろ」
「……はい」
ドルゴはブラックシティを辞めてネイと行動を共にすること自体は変わりないが、「あー。勝てんかもしれん。トッシュは放置しても死なんだろうし、適当なところで逃げるか」くらいに考えた。
「残った物はあとで取りに来るから捨てるなよ。リオン。これが先輩として最後の命令、いや、頼みだ。俺の机に残る私物を護れ」
「……善処はしますが、約束はできません」
「それでいい」
ドルゴは結局すべての私物を持ち帰ることを諦めると、リオンから視線を離し、周辺の者をにらむ。
「いいか! 捨てるなよ!」
大声で威嚇した。
頭部だけドラゴンに変身し、割とガチめに脅した。ギルドメンバーほぼ全員が知っているだろうが、ドルゴがスキルでドラゴンに変身できることを全員が改めて思い出しただろう。
「ドルゴ。うるさい。早くしろ」
部屋の出入り口付近で、ネイが呆れたように声を漏らした。フロア中のみんなが耳を手で押さえて顔をしかめているが、彼女だけは平気そうにしていた。
準備はドルゴが最後だった。
ネイ、レイン、ロン、ネモの他にもちらほらと離反者がいる。トッシュの新居パーティーに来てくれた面子だ。
フロア内を見る限り、「会社を辞めるわけにはいかないが心情的にはトッシュに同情している」ような、戸惑った顔をしている者も多い。
ドルゴは離反者の顔を見渡し、これでもまだ、五大ギルドの戦闘部隊を相手どるのは厳しいなあと思った。他ギルドのA級が総出撃しないことを祈るだけだ。
さあ、離反者一同、フロアから去ろう、というタイミングでネイがドルゴに声をかける。
「最後にひとこと残したい。社内を静かにさせてくれ」
「うっす」
今度ばかりはネイも手で耳を覆った。さすがに真横で叫ばれたらたまらない。
彼女らの会話を聞いていた離反者達が耳を塞ぐ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ! 傾聴ッ!」
ドルゴが竜顔で叫んだ。窓ガラスがバリバリと揺れ、一部の机から積まれていた書類の一番上がひらりと舞い、天井からパラパラと埃が落ちてくる。
耳を塞いでいたし心構えもしていたが、近くにいたネイは耳がキーンと鳴っている。しかし、注目を集めたので、言う機会は今だ。
「私がギルド設立時のメンバーだということは全員、知っていると思う」
妖刀の鞘をつかみ、胸の前で水平に持つ。
「私の妖刀はすべて異なる能力を持っていることも、誰もが知っているだろう。そして、この『金王麒麟尺骨刀《ごんおうきりんしゃっこつとう》』は、その名のとおり『金王』と呼ばれた麒麟の尺骨、つまりは前脚の骨を削ってつくられたものだ。別れのあいさつ代わりに、誰にも教えていないこの刀の能力を教えよう」
ただならぬ気配を感じたのか、戦闘支援課田山グループのスキル使い達が身構える。
「条件づけた者への一斉斬撃。私が金王麒麟尺骨を振るえば、すべての対象に刃が襲い掛かる」
「は? ネイ、何を言っている」
先日までネイのことを課長補佐と呼んでいた田山が、彼女を呼び捨てにした。彼はすでに『次の課長補佐は俺だな』と思っている。田山はネイを『戦闘だけは自分より優秀だが、社会人としては無能』な上司と思っており、そいつがいなくなる、ひゃっほーっ、とか内心で喜んでいる。
「条件はシンプル。私より後にブラックシティに入ること」
見過ごせない会話をしていると判断したらしく、金星親子がやってきた。
金星が肥った顎の脂肪を揺らしながら叫ぶ。
「ふん。くだらないはったりだ!」
ちょうどいい相手が来たので、ネイは金星に向く。
きっかけはトッシュのクビだが、ネイはそもそもギルドを乗っ取った金星を恨んでいる。




