45話 レインの様子を見てルクティは困惑する
メイドのルクティは奇妙なものを見て、首を傾げた。
客のレインが随分と舌っ足らずな声で「トッシュ、好きー」と言いながら、ご主人様に抱きついている。
ご主人様のことが好きであることは態度から見え透いていたが、あのような子供っぽい喋り方をする人ではなかったはずだ。
それに、エルフ少女のシルが「仲の良い夫婦ね。あら、レインさんここに埃が溜まっているわよ」と、窓の桟を指先でなでている。
(掃除したのは私なんですけどね……)
元が廃屋で今も半分くらいホラーハウスなので、塵一つないとは言い切れないが、指に埃が付くのはしょうがない。
掃除の計画を立てながらメイドは、トッシュが「母さん、レインを虐めないでくれ」などとオロオロとしているのを、ぼうっと眺めた。
いったい何をしているのだろうか。
ルクティはメイドとはいえ、アニメに出てくるような万能メイドではない。料理が得意なわけではないし、戦えるわけでもない。いかにもな要素といえば、メイド服(ただし、ドンキホ*テで買ってきたコスプレ衣装)を着ている他に、おっぱいが大きいことくらいだ。黒くてレースでひらひらな下着を穿いているのは、メイド愛好家から叱責を受けるかもしれない。
それはそれとして、ホラーハウスかする前の屋敷には専門の料理人がいたから、ルクティは料理ができない。料理の下ごしらえや配膳などの手伝いは別のメイドが担当していた。ルクティは掃除や雑用を担当していたのだ。
だから昼食用に作ったのは立派な料理ではない。
14歳の少女なりの技術で精一杯頑張って作ったのだ。
ただのオムライスである。それも、一つめは卵でご飯を包むのに失敗したから、それは自分の分とし、二つ目以降はオムレツをご飯の上に載せるようにした。
卵は固いし、ご飯は前日にトッシュがスーパーで買ってきたパックの米だ。
あまりおいしくないだろう。しかし、愛情はいっぱいこめた。
奇特なことにご主人様はメイドに対して一緒の席で食事をとるように勧めてくる。身分や立場に差はないという言葉どおり、まるで本物の家族のように接してくれる。それは嬉しい。だが、今日ばかりは、失敗したオムライスを見られてしまうのが、ちょっと残念。
「いえいえ、そうではなく」
ドアの横でルクティは小さく頭を振る。
簡単な料理ではあるが、どうせなら冷める前に食べてもらいたいのだ。
「昼食の用意が出来ました……」
恐る恐る声をかけると、まるで演技を終えた役者のようにトッシュの動きが止まり、表情が変わる。
事実、彼はレインの夫を演じていたにすぎない。
「分かった。行くよ。ほら、レインも」
いつもどおりのトッシュの声だ。ルクティはそっと胸を撫でおろす。危ない薬でもやっていたわけではないようだ。
「ご飯だー!」
シルの元気な声もいつもどおり。
そうか、おままごとをしていたのか。ご主人様もお客様も、シルちゃんのために遊んでくれていたのですね、とメイドは納得した。
ただ、一人だけ様子がおかしい。
「あっ! 淫乱メイド!」
レインがトッシュの腕に抱きつき、まるでこれは自分のものだと主張するかのようにぴったりとくっついた。
おままごとは終了ではないのか?
「あの、レイン様?」
ルクティは困惑した。職務に忠実なメイドなのに、どうして淫乱メイドと呼ばれたのか分からない。
それに、先週、わりといい感じに友情をはぐくんだはずだ。
ナーロッパ人の自分には日本語が正しく伝わっていない?
メイドは軽く首を傾げ、ご主人様に視線で助けを求めた。
ご主人様は鼻をかいて失笑する。
「おままごとしていたんだよ。レイン、いったんやめようぜ」
「やー」
「なんでだよ。ほら、昼飯だって」
「やー!」
「おい、どうしたんだよ」
「うー」
「あの、ご主人様、本当におままごとなんですか? レイン様の様子、明らかに変ですよ?」
「え?」
ようやくトッシュも異変に気付いた。
レインはトッシュから離れると、今度は腰を落としてシルに背後から抱きつくと、ウサギ耳をガジガジ噛みはじめた。
幼い子はなんでも口に入れようとするが、いくらなんでも、おままごとでそこまでするか?
シルが不安そうに背後のレインを見上げる。
「レイン? どうしたの?」
「うー」
レインはグズった子供のようにするだけで、ハッキリとした言葉を発しなくなってしまった。
「えっと……。ルクティ、お昼ご飯、何?」
「リクエストのあったオムライスです」
「よかった。レインもスプーンで食べれるな。とりあえず、お昼ご飯を食べよう」
トッシュはいったん考えるのをやめた。