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44話 レインの心が壊れて精神が幼女化する

 シルはレインに向かって手を伸ばす。

 キュウリをくれ、という意味だ。

 しかし、レインは考えに没頭していて、気付かない。


「レイン?」


 シルはレインのふとももをペチペチと叩いて催促する。


「あっ。キュウリですね。どうぞどうぞ」


 レインは慌てて鞄からキュウリを取りだし、シルに渡す。


 お喋りして喉が渇いていたシルは、キュウリをガジガジ、ゴクリと一気に食す。

 ウサギ着ぐるみだが、やはり、カピバラかハムスターを連想させる食べ方だった。


「ぷふーっ。キュウリ、おいしい……」


「そうだ。マヨネーズ持ってきたんですよ」


「マヨレーズ?」


 レインはもう一本キュウリを取りだし、マヨネーズを先っちょに少しだけつける。ボトルで持ってきて腐らせるといけないので、彼女が持ってきたのは小分け可能な小袋だ。


「はい。これで食べてみて。異世界人はマヨネーズの美味しさに驚愕するそうですよ」


「うん……。なにこれ凄い! このクリーム着けたら、キュウリの味が引き立つ!」


「良かった。気に入った?」


「うん! 三本に一本くらいなら、マヨレーズつけてもいい」


 打率3割。

 お気に入りなのか、あまり気に入っていないのか、良く分からない。


 キュウリの味を変えてを美味しく食べる術を知ったシルは、ますます、レインに楽しんでもらいたくなった。

 目をキラキラさせながらお喋り再開。


「えっとね、夜ね、寝るとき、トッシュとレインがいちゃいちゃしてる!」


「いちゃ、いちゃ……?」


 シルは、己が見たことを、ありのまま説明する。

 ただ、表現能力が低いだけだ……。


「ルクティが、夜になると体がうずくって……」


 けしてエッチな意味でうずくわけではない。長年ゾンビだったので、人を襲いたいという習性が僅かに残っているだけだ。


「はぁはぁ、苦しそうにしてた。硬いとか、痛いとか、血が出たとか……」


 別に激しい運動をしていたわけではない。

 トッシュとレインはゾンビごっこをしていただけだ。


 硬いも痛いも血も、卑猥な意味はない。

 ただシルの説明能力が低いだけだ。


 悲しいことに現代日本で生まれ育ち義務教育で性教育を受け、たまにエッチな漫画を読むような、ごく普通の価値観を持ったレインは誤解するしかない。


 もはや、ふたりが男女の関係で、毎晩激しいセッ――しているようにしか聞こえない。


「え、え、え……?」


 しかし、まだレインはトッシュを信じている。

 素敵な人だから女の子にモテモテで、そういうことになってしまうのは仕方がない。

 相手が私じゃないのは悲しいけど……。


 けなげなレインは、まだトッシュが好きだった。


 だが、シルがトドメを刺す。これこそが、シルが最も伝えたかったことだ。


「トッシュは、ルクティのこと、ママって読んでた! 私がママなのに酷いよね!」


 実際はゾンビに襲われた人が死の間際に「か、母さん……」と呟くというトッシュの演技だが、そこは、もう、シルの説明力を越えていた。


 レインにはそれが、赤ちゃんプレイか親子プレイなのか、なんなのかは分からないが、とにかく明らかに一線を越えた変態行為にしか聞こえなかった。


「おっ……」


「……?」


「おぎゃあ……」


 レインの瞳から光が消え、代わりに口から幼い声が漏れた。


「レイン、どうしたの?」


「あうー。ママ-」


「……! ママでちゅよー」


 レインは明らかに精神に異常をきたしていたが、シルはおままごとが始まったと解釈してしまった。


「うさぎさんだー」


 レインは、隣に座るウサギの着ぐるみを抱っこして、耳をかじって涎まみれにする。


「あうー」


「もーう、甘えん坊さんな赤ちゃんね。いっぱい甘えていいのよ」


「わーい」


 ふたりが仲良く遊んで、暫くするとトッシュがやってきた。


「レイン、すまん。手が離せなくて来るのが遅れた。昼ご飯、食べていくよな? おまえの分も作ってもらってるから」


 レインはトッシュの姿を認めると、まぶたを大きく開け、表情に花を咲かせた。


「わー。トッシュー」


「お、おう」


 もうギルドの先輩後輩じゃないから先輩と呼ぶなと言ったのはトッシュだが、急にトッシュと呼ばれて軽く戸惑う。

 何度か注意しても、先輩と呼んでいたはずだ。


 レインはとてとてと子供っぽく手を振りながらドアまで移動するとおもむろにトッシュに抱きついた。当たるほどの胸はない。


「お、おい、どうした」


「えへへー。トッシュー。好きー」


「え?」


 いきなり好きと言われて、トッシュの胸がドキリと鳴る。

 歳の近い異性から好きと言われたのは初めてかもしれない。


 たった一言が、鈍感野郎の胸に大きな波紋を広げていく。


(もしかして、レインって俺のこと好きだったの? だから何度も新居に遊びに来るの? え? え? 違う? 勘違いキモい? 先輩として好きってこと?)


 トッシュは混乱した。


「もーう。トッシュは私の夫ですよ」


 シルが腰に手を当てて、おしゃまな口調でレインを叱る。


 その様子を見てトッシュは「おままごとをしているんだ。なんだ、そういうことか」と納得する。


「やーだー。トッシュはー私と結婚するのー」


「駄目ですよ。ママの旦那様なの」


 レインとシルが両側からトッシュの手を引く。


 トッシュはモテモテなので気分が良かった。

 おままごととはいえ、可愛い後輩から結婚すると言われて、ちょっと嬉しくて頬がにやけてしまう。

 イケメンでもない自分が、こんな可愛い後輩から異性として好かれるはずがない。好かれたら嬉しいんだけどな……。そう思いつつ、トッシュは役得だし、少しくらいおままごとに付きあうことにした。


「レイン。おっきくなったらパパと結婚するー」


「ああ。レインが大人になっても他に好きな人がいなかったら、結婚しような」


「うん!」


 口約束だがひっそりと婚約が成立した。

 果たしてレイン本来の自我はどれくらい、この事実を認識しているのだろうか。


「駄目-。トッシュ浮気駄目! トッシュはシルの旦那さんでしょ!」


「えー。シルは俺のママでしょ?」


「……? あれ? そうだった……! 私はトッシュと結婚できないから、レインが結婚していいよ!」


「うん。えへへ~。トッシュと結婚する~」


 レインの心が壊れていることを、まだ誰も知らない……。

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