42話 トッシュに想いを寄せる後輩女子レインが遊びに来る
土曜日になった。
トッシュの後輩レインはマウンテンバイクに乗り、洋館に遊びに来た。
Tシャツに(女子が言うところの)パンツという、健康的でラフな格好だ。あくまでも、友人を訪ねてきたのだから、不自然に着飾ったりしない。
わざわざナーロッパを走るためだけに、マウンテンバイクを買ったのだ。
さすがに新人ギルドメンバーのお給料では車は買えない。というか、マウンテンバイクすら、厳しい。
ギルドのお給料が少ないわけではなく、若手のくせに洋館を買ったトッシュがおかしいのだ。
トッシュさんは厚生年金の支払いとか老後の蓄えとか、どうするんだろう。私がしっかりしなくっちゃ? などとレインは将来を妄想しながら、トッシュの新居へやってきた。
なお、レインは新入社員だからあまり会社の状況を分かっていない。中堅以上の社員は、日人スライム溶解事件で会社が吹っ飛びそうなダメージを受けたことを察しており結構慌ててる。休日出勤で炎上対応している者も多い。
「あーっ! 洋館の前に、小屋が有る! ホームセンターの外で10万円から20万円くらいで売ってる倉庫と小屋の中間みたいなやつ! どういう人が買うんだろうと思ってたら、先輩だった!」
それは、カルチベーターや農具を置くための小屋だ。土地が余りまくっているからトッシュが調子に乗って購入した。なお、トッシュは洋館だけ購入しており、周囲の土地は「なんとなく俺が実効支配している」ノリなので、あたり一面トッシュの土地だ。だから、住民が3人だが領主と言えないこともない。
「花壇が出来てる……。花壇、だよね? 野菜畑は別の場所だよね? いや、でも、先輩だし、家の前に野菜を植えちゃうのかなあ……」
レインはブロックで囲まれた領域を観察したが、さすがに花壇か畑かは分からない。
レインは洋館の前でマウンテンバイクを降りると、スマホのインカメラで前髪を整える。前髪は薄めで透け感重視。おでこを広めに出して子供っぽさを演出し、後輩感をアピール。
しっかりチェックが終わってから、おっといけない忘れるところだったと、制汗スプレーをシュッシュッ。自転車に乗る前にシュッシュッしたから大丈夫なはずだが、念のためだ。
それからドアノッカーを叩く。
暫くしたらドアがゆっくり開き始めたので、レインは、トッシュではなくシルがドアを開けようとしているのだと気付き、そっとドアに手を当てて力を貸した。
案の定、ドアを開けてくれたのはシルだった。
今日はふわふわで可愛らしいウサギの着ぐるみを着ている。
シルは「抱っこー」と言わんばかりに両腕を広げているので、レインはしゃがんで、シルを抱きかかえた。
「シルちゃん、おはようございます」
「レイン、おはよう!」
「トッシュ先輩。おじゃましまーす」
屋敷の右奥の方から「おーう」という返事があった。
レインはシルを抱っこしたまま洋館の左手にある来客控室へと向かった。
掃除はしてあるが、古びた調度品がそのままになっている部屋だ。
壁には色あせた世界地図がかけてあり、壁際の台には現代日本人の感覚からすれば骨董品とも思える道具――ただしナーロッパでは最先端の道具と思われる――が無造作にいくつか置いてある。
望遠鏡や双眼鏡、羅針盤などだ。
かつて来訪者は、見慣れぬ道具を目で楽しみながら、屋敷の主を待ったのだろう。
「望遠鏡、かな、これ。こんな古いの使いませんし、これは捨てるとして、この棚、ぬいぐるみでも並べる?」
「うん!」
「じゃあ、こんど、クレーンゲームしに行きましょう」
レインもシルも、洋館の「物語」を無言で語る道具類をチラ見しただけで、まったく興味を持たなかった。
アンティークショップに持っていけば、それなりのお金になるかもしれないが、そんな発想はない。
レインは窓を開けてから、シルと並んでソファに並んで座る。
さっそくシルが目をルンルンに輝かせて、手を出す。
さあ、あれを出せ。とでも言いたげだ。
心得たとばかりにレインは頷くと、鞄の中からキュウリを取りだし渡す。
パアッと表情を綻ばせたシルは両手でキュウリを握って、早速端からガジガジとかじり始めた。
闇取引!
レインはシルに、ひっそりと依頼していたのだ。
トッシュとルクティの様子を観察して、あとでレインに報告するように……。
そして報酬としてキュウリを約束していた。
「ぷふーっ」
一本、あっと言う間に食べ終えたシルは満足げに息をつく。トッシュのスキルで鮮度が上がったものに比べると味は多少落ちるが、うまいものはうまい。
「シルちゃん。この一週間、先輩は、どうでした?」
「えっとね……」
そしてシルは語りだす。月曜日から金曜日までの夜に起きたことを。




