38話 深夜。シルがトイレに行きたくて目覚める
真夜中。
時計がないから時間は不明だが、おそらく2時とか3時ごろだ。
トッシュとレインは、二階にある最も大きな部屋、屋敷の主人用寝室のベッドで並んで寝ている。
窓から差す月明かりだけが光源の真っ暗な部屋で、シルがもそりと上体を起こす。
「トイレ……」
寝る前に水分は控えていたのだが、不意に尿意を覚えて目が覚めてしまったのだ。
シルは10歳。今まさに、夢心地にオネショする幼さから脱却しようとする成長期。
「トイレ……」
シルは傍らで寝るトッシュの肩を揺らす。
「うーん……」
トッシュは起きない。
「ねえ、トッシュ、トイレ……」
「……俺は、トイレ、じゃない……」
寝言なのか起きているのか、よく分からない反応だ。
シルはむすーっと唇を尖らせる。
「もーう。起きて。トッシュ、起きて……」
シルは小さい手でトッシュの顔をぺちぺちと叩く。額も鼻も唇も頬も、手当たり次第にペチペチぷにぷに。
だが、トッシュは起きない。
シルは本音ならば、このまま寝てしまい、朝になったらオネショしているか、していないか、運に任せてしまいたい。それも、一つの手だ。
しかしシルは律儀に、トッシュから言われた大人のフリを、実はまだ続けている。
シルは自分に出来る範囲で大人になろうとしていた。
大人に憧れる子供特有の背伸びを、ハーフエルフのシルもまた人間と同じように備えているのだ。
だから、オネショは避けたい。
大人のレディだから、オネショは出来ない。
シルは葛藤する。
トイレに行きたい。
でも、ゾンビが出ないとはいえ、暗い洋館でトイレにひとりで行くのは怖い。
トイレは一階だから結構遠い。ここ数日で洋館には慣れたが、怖いものは怖い。
「起きてくれないとオネショしちゃうよ?」
「うーん……。ルクティに頼んでよぉ……」
「うー」
シルは渋々であったがルクティの部屋へ行くことにした。
ベッドを降り、スキルで着ぐるみを装着してから、恐る恐るドアを開ける。
ガチャリ。
「う……」
シルは最初の一歩を躊躇った。
真っ暗な洋館の暗闇は壁のようにシルに迫り、室内に押し戻そうとする。
シルの小さい体は、目に見えない圧力を錯覚するほどであった。
中に戻りたい。ベッドに飛び乗ってトッシュに抱きついたい。
しかし、下半身がむずむずする。わりと、運命の時刻(漏れる)は近い……。
恐怖が尿意をそそのかしている。
「こ、怖いけど、頑張る……!」
シルは勇気を振り絞って部屋を出た。
目をつぶりたかったけど、我慢した。
涙が溢れそうだったけど必死に瞼を開いて、移動開始。
現在トッシュの寝室が二階でルクティの寝室が3階だから、トイレに行くのと距離は変わらないが、シルはルクティの部屋を目指す。
ルクティの部屋に着くと、ノックをせずに忍び込む。
「うー」
シルはベッドに飛び乗り、布団に潜り込んでルクティに抱きついた。
たった一階層の冒険でも怖かったので、まずは、人に触れて温もりを感じたかったのだ。
「ねえ、ルクティ、起きて」
「……シル様?」
「おトイレ行きたいの……」
「……トイレ? ……あ、ああ、そういうことですか。起きますので少しお待ちください」
寝起きで反応は鈍いが、ルクティはシルを邪険にせず対応してくれるようだ。
間を置かずルクティは目元を擦りながら起きる。
基本的にナーロッパは全裸で寝るのが当たり前の文化なので、ルクティは全裸で寝ていた。
下着を穿くために足を通そうとしたところで、シルが「漏れそう……」と涙ぐむ。
シルは股を押さえてもじもじしながら、踵が着いていないかのように揺れている。
「仕方有りません……」
ルクティは下着を穿くのを諦め、エプロンだけ着けると、シルを伴って部屋を出る。
ふたりが会談を降りるときの物音を聞いて、トッシュが寝返りを打つ。
布団の中から温もりが消えたし、シルが掛け布団をめくったままだし、ドアを開け放ったまま去ったことにより、体が冷えた。脳が徐々に覚醒してくる。
「んー。あれ? シル居ない?」
トッシュは寝ぼけていたので、シルにルクティを頼れと指示したことを覚えていない。
「どこ行ったんだ?」
寝相悪くベッドの下に落ちているわけでもないから、トッシュは僅かに不安を抱いた。
「ドアが開きっぱなし。多分、トイレだろうけど……。ひとりで行った? 念のために探しに行くか」
異世界人らしくやはり全裸で寝ていたトッシュはいつものポケットだらけの服をずぼっと一瞬で着ると、部屋を出た。
トッシュはシルがトイレに行った可能性が高いから、そこへ向かった。
玄関ホールの角を曲がると、通路の先にルクティを見かけた。そこはトイレの前なので、トッシュはすべて察した。
シルはルクティを頼ってトイレに行ったのだろう。
しかし、トッシュは異変に気付く。
ルクティの様子が変だ。
暗いから裸エプロンで生尻を丸出しにしていることはあまり気にならないが、細かく震えているように見える。
「えっと、まさか、夜になったらゾンビに戻るとか、そんなことないよな?」
トッシュは不審に思いながら、ルクティの元へ向かった。




