37話 ルクティとレインが友情を結ぶ
とりあえず朝食はなんとかなったが、元ゾンビメイドのルクティに着る服がない問題は解決していない。
手で押さえなければ胸は露出してしまうし、スカートは大きく裂けているので、黒くてレースのひらひら下着がすぐに見えてしまう。
このままでは、ゾンビメイド改め、常に胸と股間を押さえたエロメイドになってしまう。
四人は玄関左手にある部屋で、食後のまったりタイムだ。
「レイン、着れなくなった服とかない?」
トッシュは服が貴重な世界の出身なので、とりあえず新品を買うよりも先にお古をもらうという発想が出てくる。
レインはトッシュに頼られることは嬉しいし、もう着れなくなった服が何着かある。
だが――。
レインは隣に座るルクティの胸にちらっと視線を落とす。
明らかにサイズが違う。
絶望的な戦力差だ。どう考えても、ルクティにレインの服は着れない。
「生憎、服が余ってなくて」
レインは敗北感を噛み殺し視線を逸らした。
するとルクティはレインが視線を逸らした理由を察した上で、悪意のない笑みを浮かべる。
「私、お裁縫が得意ですので、胸のサイズが合わなくても直せますよ」
「本当に服がないんですよ?! 私、新人だからお給料少ないですし。邪推しないでくれません?!」
「これは失礼。とまあ、冗談はおいておいて、私、メイドですし、やはりメイド用の制服を用意して頂けると幸いです」
「じゃあ、メイド服とついでに下着を買いに行くか。サイズ教えて」
「はい。上から――」
「ストーップ! 先輩、セクハラマイナス1点。累計でマイナスが10ポイント溜まりましたよ?」
「何かもらえるの?」
「何も上げません。しょうがないので私がサイズを聞いて、一式、揃えてきます」
「そこまでしてもらうのは気がひけるな。レインは俺の転居祝いに来てくれたお客様なんだし」
「遠慮は要りません。私が好きでやっていることですので。……あっ! そ、その『好きで』の意味……勘違いしてくれていいですよ。勘違いじゃないので……」
「何言ってんだお前」
ふたりのやりとりを聞きながらルクティは紅茶をひとくち、ふくんだ。
朝から晩まで仕事づくしだったメイドにとって、家主の恋愛話は数少ない娯楽だ。
(私がご主人様にアピールして、レイン様の危機感を煽る? そうすれば、レイン様がもっと積極的になって、ふたりの関係が進展……。面白そうです)
メイドは企て、ふふふっと笑った。
だが、その計画が実行されることはないかもしれない。
なぜなら、当然の如く日曜日が終われば月曜日。
どれだけあれこれ理由を捏造しようとも、もう、レインは洋館に泊まり続けることは出来ないのだ。
買い物と一階の大掃除を手伝った後に、レインは帰宅した。
放っておいたら、もう二度と会う機会はないかもしれない。だからレインは会う口実作りのために、わざとハンカチを忘れていった。
しかし、優秀なメイドが、ちゃんと気づく。
玄関でトッシュとレインが挨拶を交わした後、ルクティが彼女に歩み寄る。
ルクティは、昼間にトッシュ達がドンキ*ーテで買ってきてくれた、コスプレ用のメイド服を着ている。
そのポケットからハンカチを出す。
「レイン様。お忘れです」
「あっ! (忘れ物を口実にしてまた来る作戦が使えなくなる……!)」
レインはぷるぷると震えながら「ありがとう」と声を絞りだす。
その様子を見てルクティはにっこり笑う。
「ふふっ。レイン様、本日はありがとうございました。メイドの身で我儘を言わせていただいても宜しいでしょうか?」
「え? な、なに」
「レイン様はこの世界で私にとって唯一の、同年代の知り合いです。もしよろしければ、また、訪ねてきてくださらないでしょうか」
「……! うん! ありがとう! 私達友達! また来週の土曜日に来るね!」
こうしてルクティがレインに再来の理由を作ってあげたのだった。友達が欲しいというのも、本音だ。
ガシッ。
ふたりは握手を交わした。それから、上半身で軽くハグしあって、友情の発生を確認した。
すると、それを隣で見ていたシルがうらやましがり、両腕を開いた。
レインがしゃがんで、シルともハグをする。
最後にトッシュも調子に乗って、両腕を広げる。年下の女子とハグできたら嬉しいし、ノリで抱き着いてくれないかなーという下心だ。
「ト、トッシュ先輩?!」
レインはびくっとして一歩下がった。
「あはは。冗談だって」
トッシュが腕を下ろそうとする瞬間――。
「あっ、めまいが……」
突如ルクティがよろめき、トッシュの背中に肩から全力で体当たりをぶちかました。わざとだ。
トッシュがよろめきレインと抱き合う計画だった。
だが、全身でこぼこの変な服を着たトッシュはこれでも、世界有数の冒険者だ(冒険はしていないが)。同年代の小柄な女子が背後から危険タックルをしてきたとしても、よろめかない。
「ルクティ大丈夫か? ゾンビから回復した直後だから、無理するなよ?」
「は、はい。失礼いたしました」
ルクティはペコリと頭を下げる。
そして、レインのもとにそっと移動して耳打ちする。
「次はレイン様に体当たりしますね……」
「……え?」
レインは一瞬、ルクティが何を言っているのか分からなかった。
しかし、軽く想像して、理解した。
(も、もしかして、私とトッシュさんをハグさせようとした? え? ルクティちゃん、私の気持ちに気づいて、応援してくれる感じ?)
少女たちが無言で見つめあう。
こくり。
ルクティがうなずき、レインが微笑み、さっきよりも強固な握手を交わす。
「あれ? お別れの握手、済んでなかった?」
トッシュは疑問に思ったし、シルも首を傾げた。
ルクティとレインは、さらに、さっきよりも厚いハグを交わす。
「また来るね、ルクティ!」
「ええ。待ってるわ。レイン!」
こうして、トッシュに好意を抱くレインと、屋敷の主の恋愛模様を娯楽にしたいルクティとの利害関係が一致し、ふたりは真の友情かっこわらい、を結んだのであった。
レインはレンタカーに乗って、うきうきで帰っていった。
さて、今のところトッシュ達が購入した寝具セットは2つ。掛け布団と敷布団とシーツの三点セットだ。これを、元からあったベッドの上に載せて使う。マットレスはそのうちニ*リかどこかで買う予定だ。
トッシュは自分がひとりでベッドをひとつ使い、もうひとつを小柄な女性同士で使ってもらうつもりだった。
だが。
「身分や立場の違いを気にするなと仰るご主人様のお言葉は非常に嬉しく思います。ですが、私はメイド……。ご主人様や奥様と同じベッドで寝るなど、恐れ多くて出来ません」
こうしてルクティはちゃっかり、ひとりでベッドを占有し、さらに日当たりのよい三階南側の使用人室を完全に自分の私室として確保した。
(次にレイン様に会ったとき、毎日ご主人様とシル様が同じベッドで寝ていることをお教えしたらどうなろうのか……。楽しみです)
ずっとゾンビを続けていたルクティは、娯楽に餓えていたのだ。ちょっと悪戯したい気分になるのはしょうがない。
それはそれとして、ちゃんと日本の知識を学ぼうとする学習意欲は高い。
夜の8時、ランプの下でルクティはシルから借りた図鑑を読んで、現代日本を勉強していた。