35話 元ゾンビのメイドがエッチなご奉仕を仄めかしてからかってくる
チュンチュン、チチチ……。
小鳥の鳴き声が温かな陽差しに溶け合うようにして踊り、夢うつつなトッシュの意識をくすぐる。
「うーん。朝か……。あー。そうだ、ここ、俺が買った洋館だ。3日目でも軽く驚くな……」
ぼんやりと天井を見上げて、自分が身の丈に合わないほどに豪奢な洋館を購入したことを思いだす。
耳の裏をぽりぽりとかきながら部屋を出て、トイレへ向かう。
その途中、人の気配を感じて炊事場を覗いてみれば、見慣れぬ姿があった。
小柄なレインより小さいが、シルよりは大きい。ちょうどふたりの中間くらいの背だ。
長いスカートが裾に向かって広がっている。トッシュの知る異性は動きやすい服装を好む者ばかりなので、心当たりがない。
「おはよう?」
声をかけると、小柄な人物は振り返り、スカートを花のようにふわりと膨らませる。
スカートは割とびりびりでパンツがちらちら見えていたので、トッシュはそれがだれか気づく。
「あ、あー。もしかしなくても昨日のゾンビメイド」
「はい。おはようございます。ご主人様」
笑顔の眩しい少女だ。大輪のヒマワリのような笑みは、どのような相手でも一目で好意を抱くだろう。
実際、トッシュは少女の身元が明らかではなくとも、悪い人ではないと確信した。
「ご主人様。その節は、私を救って頂き、誠にありがとうございます」
「あー。いや別に。ところで、今は困りごと?」
「いえ。皆様に朝食をご用意しようかと思ったのですが、生憎と食材がなにもなく……。手持ち無沙汰で……」
「あ、あー。ありがとう。でも、別に何もしてくれなくてもいいのに」
「ですが、メイドですから」
「メイドだからか」
実はトッシュは、メイドが何かよく分かっていない。
同僚のドルゴに連れられてメイド喫茶に一度行ったことがある程度だ。
そのため、フリフリした服を着たフロア担当くらいに認識している。
「あのっ……。もしかして、エッチなご奉仕が必要なのでしょうか……」
「君、そういうメイドなの?!」
「違いますが」
「驚かすなよ……」
「メイドですから、そういうの、求められるかな、と……」
とりあえず食材がないのは確かだから、トッシュは太もものポケットからキュウリを取りだす。
「キュウリと、あとは、粉チーズしかない」
「そ、それで、前と後ろの穴を……。わ、分かりました。私の恥ずかしいショーでご奉仕いたします……」
メイドは笑顔だから冗談だろう。
トッシュも付きあって、明るく驚く。
「君、そういうメイドなの?! え、あれ、同じこと数秒前に言った気が」
「ところで、どうしてポケットからキュウリと粉チーズが……」
「それはいったんおいておいて、自己紹介。俺はトッシュ・アレイ。名乗るが遅れてごめん」
「私は、ミー・ルクティと申します。ミルクティを淹れるのが得意な、ミー・ルクティです」
「よろしく。ルクティ」
「はい。よろしくお願い致します。ご主人様」
「別に雇用関係にあるわけでもないんだから、ご主人様はやめてよ」
「うふふっ。このたわわな胸からとれるミルクを飲みたくなったらいつでもおっしゃってください」
ルクティは右乳房の前で、両手でハートを作る。
トッシュをからかっているのだが、朴念仁は気づかない。
「あ。そういう、種族かスキルなんだ。牛乳が出るみたいな?」
「……いえ、性的にからかっただけなのでスルーしてください」
「え、あ、うん」
トッシュが顔を洗うと、ルクティがさっとタオルを出してくれた。
この辺りはメイドらしい気遣いだ。
「あの。トッシュ様。折り入って相談が……」
「ん? あー。状況が理解できなくて混乱中でしょ? 何でも相談に乗るよ」
「私をこのお屋敷で雇ってください。トッシュ様、私のご主人様になってください」
「あ。あー。相談には乗るけど、残念なことに人を雇うような金がない……」
「お給金はなくても構いません。私は人間になったばかりで、行くあてもないのです」
「あー。そういうことなら、別にご主人様とメイドの関係じゃなくていいよ。普通に暫く部屋を貸すし」
「ありがとうございます」
ルクティの眦に大粒の涙が浮かぶ。
「どうしたの?」
「すみません……。わたし、何年もゾンビになってずっと彷徨っていて……。こうして、元に戻れて……。それで……」
ルクティは嘔吐き始め、もう、声にならなくなってしまう。
肩が刻みに震える。
「素敵なっ……。ううっ。ご主人様……。出会えて……。ひぐっ……。嬉し……。ううっ。ひぐっ、ひぐっ……」
「ルクティ……」
トッシュは完全に善意100パーセントで、ルクティの背中をさすり始める。
ちょうど位置的に、たまたま正面から抱きしめるような形で、背中に手を回している。
不幸な事に、というか、数年間ゾンビ生活を送っていたという発言から察するに、ある意味当然のことなのだが、メイド服や下着はボロボロだった。
だから、トッシュが背中を撫でたとき、耐久値が限界まで来ていたメイド服は裂け、ブラジャーもホックがぶっ壊れ、14歳とは思えない豊満な胸が躍り出て、ゾンビから人間に戻ったことを喜ぶかのような生命力の躍動が大きく揺れた、ちょうどその瞬間、「おはようございます、先ぱ、おぎゃあああああああああああああっ!」と、レインが現れた。
「きゃっ」
レインの傍らで、一緒に起床してきたシルがビクッとして両耳を押さえた。
「せ、せせ、先輩、朝から、な、なな、何を!」
もちろん、レインはトッシュを信じている。
立場の弱いメイド少女を無理やりに襲うはずがないと。
しかし、同性のレインでもつい、視線を吸い寄せられてしまうほどにたわわな胸が、まろんっと露出して、未だに弾けたときの余韻でぷるんぷるんと上下に優しく弾んでいる。
ルクティは胸元を押さえ、すっと頭を下げる。
「おはようございます。奥様、お嬢様。私、本日から当家で奉公させて頂くことになりました、メイドのミー・ルクティと申します」
「奥様……?」
その言葉の響きは、レインの心をドカンッと激しく揺さぶる。
衝撃的な光景を見た直後とはいえ、レインは瞬時に頭をフル回転させて、つまり、このメイドはトッシュが旦那様で私が奥様、シルが娘だと思っている? あり! それはありですよ! と妄想の世界に突入。
だから、そのあとルクティが「奥様のお相手でしたら、性的サービスも致しますので、お申し付けください」とからかってきたことには気づかなかった。
「えへ、えへへ……。私、奥様……」
レインは腰をくねくねさせ始めた。
「レイン、動きが気持ち悪い……」
ぽそっと、娘役がこぼした。
ちなみに、なんの因果も関係もないのだが、ルクティが「ゾンビから人間になるくらい生命力が回復した」のに反して、遠く離れたダンジョンの一階でトッシュの元上司の日人が「人間からゾンビ級の生命力くらいまで」スライムに溶かされていた。
まあ、つまり、トッシュ家がわきあいあいと新しく楽しい生活の予感で盛り上がっていたころ、日人の命が尽きたということだ。
今日は日曜日だから、ウィークエンド冒険者がダンジョンに来やすいのだが、不幸なことに日人の死体は発見されない。
先日トッシュがレッドドラゴンを換金所に持ち込んだからだ。
レッドドラゴンは討伐推奨パーティー平均Lv45と言われており、ファンタジーRPGならラスダンに出てくるくらいの脅威だから、そんな危険モンスターが低階層に出没するなら立ち入り禁止ってことで、観光や娯楽目的でのダンジョン攻略はできなくなっているのだ。




